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『近くて遠いこの身体』:本当に身体って遠い

 『近くて遠いこの身体』は、元ラグビー選手、現神戸親和女子大学講師の平尾剛さんの著書です。主に、自分の身体の感覚という視点から、技の習得・痛み・そしてラグビーについて考えてある本です。この本から新体操を始めとするスポーツについて、考えたい視点をまとめてみました。

演技中に何を考えてる?

 大学に入って、よく聞かれます。「新体操の演技をしている時って、何を考えてるの?」個人は1分半、団体は2分半という短い時間の中に、いっぱいに詰め込まれた技をこなしていきながら、自分の“個性“を表現します。「次する技はこれだ」とか、「あ、今お母さんの応援の声が聞こえた」なんて考えている暇はありません。「緊張するな」「あ、少し遠くに投げてしまった」なんてことすら頭に浮かばない。私は演技中は無心でした。ケセラセラ。(なるようになれ。)おそらくほとんどの人がそうではないでしょうか。

 よく考えると非常に不思議なことです。演技中は無心なのに、手具を遠くに投げたらその分大きく回転してキャッチできるところに到着できるように動くし、愉快なステップのところは笑顔になるし、情感あふれる曲で演技する時は終始表情も切ないものになる。

 きっとこれは、自分の演技を「身体で覚えている」からだと思います。

 小さい頃、本番中に演技がわからなくなって一瞬立ち尽してしまうことがありました。それはまだ、自分の演技が身体に染み込んでいなかったから。自分のものにできないまま本番を迎えたからだと思います。無心で演技ができるまでには、相当な時間と繰り返しが必要だということですね。また、無心の中でも表現をするということは、つまりは「身体が表現をする」ということで、自分の身体に思いを乗せ、その身体の思うままに踊るということではないでしょうか。(だから表現は表面的なものだけでは事足りないのでは?)

 また、本番ではなぜか、無心の中にも緊張というものが邪魔をしてきて、その結果身体がいつもとは違うようになってしまい、うまくいかなくなるということも往々にしてあります。そんな緊張感までもを味方にしうまくいくという最高状態を表す「ゾーン」という言葉がありますが、この「ゾーン」も、無心でないと出てこないのではないかと平尾さんは言います。

 無心という状態は、ただ成功する演技をするだけでなく、新体操でのあの演技前のどうしようもない緊張をコントロールできる、一つの起爆剤になりそうだと考えています。そしてそのためには、技や表現した思いを「身体で」知っておくことが必要だということです。

身体で知る、ということ

 私の高校時代の同期に、この「身体で知る」ことに長けている選手がいました。ジュニアの頃から実績のある選手で、彼女は大学まで新体操を続け、最後まできっちり成績を残し続けた有名な選手ですが、彼女が新体操が上手なのは、この「身体で知る」ことがうまいということが大きな要因ではないかと思っています。

 ジュニアの頃までは個人しかやっていなかった彼女ですが、高校では1年生から団体チームの正メンバーとなります。団体をずっとやってきた私がメンバーに入れず、「この子はどうして初めての団体がこんなにできるのか」と思っていました。個人と団体とでは、手具や身体の扱いが大きく異なります。自分1人で完結していたものが完結しない。自分の行かないところに投げて、こちらに来る手具がどのようなものかの予想が外れることを前提に動かなければなりません。この団体特有の状況に、彼女はいとも簡単に馴染みました。頭で理解するより、身体で理解したことによって、チームの中で動くことが可能になったのです。

 そういえば、彼女は新しい技を習得する時、いろんな人がアドバイスをしたりなんかして考えすぎてしまうと、一時的にできなくなることがありました。いくら周りが言葉で論理的に説明をしても、彼女の身体にそれが合致しなければそのアドバイスは効果的なものにはなりません。他の人のコツはその人のコツでしかなく、彼女のコツではないのです。彼女はいつも最後は自分の感覚を頼りました。それが正解だったと思います。自分の身体をしっかり理解していて、その身体で納得ができた感覚が染み付いていく。身体で知ることを大事にしていたから、彼女は成績が残せたんだと思います。(周りの人は彼女のことを「感覚派」だと呼んでいましたが、きっとこういうことだと思います。)

 ちなみに私はまず頭で考えます。(所謂理論派。)自分の身体は信じられませんでした(笑)。いろんな人のアドバイスを鵜呑みにして、よくから回っていたものです。自分の身体感覚に耳を傾け、もう少し身体を信じられればあの時のミスはなかったかも…と思います。


本当の意味で身体と向き合いたい!

 私たちは、本当に身体のことを見ているのでしょうか。本当に身体の声に耳を傾けているでしょうか。スポーツ研究はどんどん進んでいると、以前書きました。こういう筋トレをすればいい、こういう食事をすればいい、こういうケアをすれば怪我が減る。スポーツに関するいろんな“いい“が世の中に蔓延っていますが、これを簡単に受け入れていいのでしょうか。私たちはみんな身体は違うものなのに。

 みんなが上手になる指導法などないと思います。でも、上手な人は、自分の身体を知ることが上手だとは言えるかもしれません。

「身体」は数値やデータに馴染みません。けっしてマネジメントするものでもない。外側から数値を押し付けるのではなく、内側から生まれる感覚に耳を傾ければ、これまでとは異なる世界が広がるはずです。

 平尾さんは、自身のラグビー生活を振り返って、「身体」のことをよく理解していなかったと言います。平尾さんは靭帯損傷、骨折、脱臼、そして脳震盪の後遺症に悩まされ、傷が癒えることなく現役を引退されています。

 怪我をしたのはきちんと身体のケアをしていなかったからではないか。そう思われる向きがあるかもしれません。しかし、そんなことはけっしてありません。コンディション作りにはかなり気を配っていました。ウエイトトレーニングや、サプリメントの摂取を含めての食事制限、練習前のストレッチに練習後のクールダウンなど、スポーツ科学でよしとされるメソッドは確実に実践していました。

 これだけ身体のケアをしていたのにも関わらず、大きな怪我を繰り返してしまう。私たちがいかに「身体のケア」を浅く捉えているか、非常に考えさせられます。

 身体のケアだけでなく、新体操は「内部感覚」が重要なスポーツです。(体操や陸上もそうだと言えるでしょう。)自分の身体を本当の意味で知ることは、怪我の予防のみならず、新体操の技術・表現力向上にも関わってくるでしょう。そして、いいと言われる・思われるものを押し付けるのではなく、選手本人の「身体が知る」ことができるような指導が求められるということも言えるでしょう。

  そしてもう一つ大事なのは、身体で覚えたものはその人の一生の財産になる、ということ。

 自分が思っている以上に身体は遠くにある。そのことにいち早く気づき、その遠い身体に寄り添うことが、個性あふれる、人の心を魅了する演技につながるのではないでしょうか。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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新体操10年以上、全国大会入賞経験のある教育系大学院生。小学校・中高国語・保健体育免許保持。新体操について、スポーツについて、ちょっとだけしっかり考えてみませんか?@選手と指導者の狭間で

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