night animus

 

深夜の二時頃、男性客が代金未払いのまま店を出た。すぐに追いかけたいのだけど、他の客のお会計の対応をしていて追いかけられない。待って待って〜と、心の中ではフルダッシュで呼び止めてみてるんだけど全然待ってくれず、、男は店を出た。

私は家から自転車で10分程の牛丼チェーン店で働いてる。シフトは主に深夜枠で、私の生活は完全に夜型。仕事が終われば朝日の中家路につく。飲食店の深夜勤務は時給がかなり良く、シフト制なので休みをとりやすく、家から近いという点でこの店に勤務している。
 
深夜に来る客層は様々で客がみな牛丼にがっつく姿を厨房から眺めては、「みんなで世の中を回してるんだよな、おつかれさま」なんて生意気なことをついつい思ってしまう。だけど私も夜中まで働く人に牛丼を提供しているのだから、世の中を回す歯車達のうちの一つ。わたしにもおつかれー!て思いながら牛丼一つ一つを提供している。自分で選んだ仕事だけど夜型の生活は色々狂う、だから余計に。私、おつかれさま。


牛丼屋は国道沿いにあり、駐車場がかなり広い。そのせいかトラックのドライバーらしき人がよく来る。店の前の国道を北に進み山手の道に外れた7キロほど先には体育大学があって、この近辺は体育大学の学生が多く生活している。この国道は空港へ続く道とも繋がっているせいか、空港関係者が夜更けに数人分の牛丼をテイクアウトしに来る。仕事仲間の夜食だろうか、朝食だろうか。場所特有の客層でこの店は日々まわってる。

店内には中央に掛け時計があり、私はそれで時間を確認する。深夜二時頃、上下ジャージで少し日焼けをした同い年くらいの男が来店、男のテイクアウトの注文を伺う。彼はいかにもスポーツ万能そうな風合いの、歳は私と同じくらいの20代前半に見えた。店の中には彼と私ともう一人、入り口付近のカウンター席にスーツを少しだらしなく着た中年の男がいて、中年の男はもうすぐ大盛りの牛丼を食べ終わる頃だった。

彼は体育大学生だろうか。私は彼の注文の並盛りの牛丼と半熟卵を用意してお会計をしているところだった。伝票をレジにスキャンして客に金額を伝えてから、ポイントカードの有無を伺う。先に代金を預かり、レジに預かり金を入力してしまった後ではポイントの付与が出来なくなりレジをやりなおさなければならない。私は彼にポイントカードの有無を伺った。ポイントカードは持っていないらしい。深夜2時頃、店の中では彼がコインケースから代金を取り出そうとして、小銭が擦れ合う音と店内のbgmだけが静かに流れている。私は彼が代金を取り出すのを待っている。入り口付近の席では男が箸を置く音がした、男は大盛りの牛丼をたいらげたらしい。男は荷物を手に取って立ち上がり、代金未払いのまま颯爽と店を出て行く。その瞬間に私は自然と食い逃げだと思い、どうにかせねばと慌てそうになった。だが、彼はまだコインケースの小銭をほじくっている。彼からお金を預かり、お釣りを返し、別々の袋に入れた牛丼と半熟卵を渡し、ありがとうございましたと告げるまでの間、店の窓から男が歩いてゆく方向を横目で確認していた。このあと男を追いかけるべきなのか。

私は今の仕事に誇りをもっている。だけど、こんな真夜中に "たかが牛丼の代金" を巡って男を追いかけるのか?万が一男が恐ろしい犯罪者だとして、追いかけた先の夜道で襲われたらどうしよう、と想像し悩んだ。こんなご時世に無い話ではないだろう。

彼からお金を預かりお釣りを返し別々の袋に入れた牛丼と半熟卵を渡しありがとうございましたと告げ、私はすぐさま店を飛び出した。深夜二時頃、国道沿い、車はそんなに走ってない。人も出歩かない、店の裏の田んぼからは無数のカエルの鳴き声が響き、店の入り口の電撃殺虫機の下では虫のおびただしい死骸が落ちている。男の姿が道の先に見当たらない。外はまっくらだ。男が歩いて行ったであろう方向へ走った。80メートルほどすぎたあたりだろうか、交差点があり、左に曲った道の先に男がいた。男まで30メートル。走りながら私の頭の中にはさっきの想像が頭の中を巡る。私は今の仕事に誇りを持っている。夜中に女が働こうが、やらしい男性客に絡まれようが知ったことじゃない、ここは私が選んだ生活。何があっても女だからといって後に引きたくなどない。もし、そんな考えで私の身に危険や不幸が降りかかれば正当防衛で相手をぶっ殺すか、私が死ぬかのどちらかである。牛丼の代金を巡って?馬鹿みたい、とも思ってしまうけれど。


「お客さん!」私は少し息をあげながら、男を呼び止めた。「お代金を頂いてません」と近づく私に男はすんなり応じて店まで戻り支払いをした。わずかな会話だけで店まで戻るまでの時間をつぶした。支払いを忘れた人と店員の私、無言で歩くのは短い距離でも気まずい。
「他の店なら払うんですけど」と男は申し訳なさそうに言った。「夜中だし、疲れていたら仕方ないですよね」と私。内心、ほんとかよってツッコミそうになった。だけど、スーツをだらしなく着てるのではなく、日々の制服とその日一日の終わりに気持ちを緩めて牛丼を食べていただけのような気もしていた。何はともあれ私は"自分の仕事"をきちんとできたことに安堵した。

いつも気がつけば深夜二時頃。同じ音が流れてる。私は今日も生きるか殺すか、の二択しか持ち合わせていない。
ゆるやかな朝日の中、家路につけますように。

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