見出し画像

また、あの声が

9月10日 12:52pm お昼休み
「えッ!?」小雲は大きく眼を剥いて、手元の宝クジとディスプレイの当選番号を何度も何度も見比べる。眼を剥いたまま「当たっ…てる」と呟いて、宝クジに視線を落とした。ビアガーデンの帰りに同僚と遊びで買った宝クジ バラ10枚が、取り出した手帳と一緒にカバンのポケットから飛び出した。すっかり忘れていたその赤い封筒の中に、サマージャンボ1等5億円が...眠っていた。眼を泳がせながら「まずは…ママに」最近の体調不良を気遣ってくれるアイツに、とスマホでメッセージを書いている途中で、

また、あの声が  『ヨコセッ ヨコセッ』

小雲は慌てて「よせ、待て、ちょっと待て」メッセージを書きかけで送信したその途端、右手が勝手に動きだす。宝クジを上手に丸める。眼を剥いてその動きを見つめる小雲。丸めた宝クジを右手が勝手に口へと運ぶ。
「待て、待て、待て ちょっと待て」小雲は立ち上がると、眼の端に見えたビニール袋を左手でサッと掴み、口に入る寸前で、左手が宝クジをビニールで包む…  そこで小雲の意識が飛んだ

「おい、見ろよ 小雲部長、今度はビニール飲んでるぞ。だ 大丈夫かぁ
この前は毛糸を吸ってたし、その前はセミやバッタを食ってたよなぁ。
まさか、おかしな宗教ってか」 ザワザワザワ…
70名ほどの営業部の部下たちがトップの異常事態を見つめていると、小雲は部下たちの目の前で…机の向こうに…ゆっくりと  ドサッ
「部長ぉ~」「救急車ぁ~」

9月10日 16:04 総合病院B棟3階
「先生、主人は…」
スッ と小雲の意識が戻る『ママの声だ ん?首が動かん あれ、目が..開かない ん、口も開かん て 手も..指も..動かん 足もだ どうなってんだ』
クリアな耳と意識以外は、暗闇にしばられる小雲。
若い声が「色々検査しましたが、おそらく脳梗塞かと」
『医者か エッ 脳梗塞? 俺が?』
長女のが叫ぶ「の 脳梗塞ぅぅ、ウソでしょう」
『なんだ、怜もいるのか』
長男の「もう元には戻れないんですか?」
『おっ、爽もいる』
医者「そうですね 元に戻るのは…難しいかと」
『えっエッ、嘘だろ!?』
「ウワァァァァ」ママが泣き出しベッドが揺れた。
医者「しばらくICUで経過を診ます」ウィーン コツコツコツ ウィーン..

医者がICUを出て行くと、怜が「ママ、保険…入ってるよね」
末っ子のが睨みながら「姉ちゃん、なんだよこんな時に金の話なんて」
『真かぁ パパ、まだ生きてるからなぁ』 躰はビクともしない
怜「だって、大事なことでしょ」
『いや、ちょっと待て コラ』声にならない 息しかできん クソッ
真「今はパパの容体が最優先でしょ」
『そうだそうだ、ちゃんとパパを見ろ』
怜「でも、もう戻れないって…」
『だからまだ生きてるって! 聞こえてるからな』
真は真剣に「そんなの、まだわかんないジャン」
『そうだ真 まだ全然大丈夫だぞぉ』
怜は迷いながら「最悪の場合をさ、ちゃんと考えとかないと」
『だーかーらぁ、展開早すぎだって なんだよ最悪って!』
真は怜をガン見して「いま言うことかよ」
『そうだそうだ』
爽「最悪、僕が大学辞めて働くよ」
『えっ?爽 お前…何を…』
怜「はぁぁぁ? 中堅商社の部長級サラリーを兄ちゃんがカバーできる訳ないでしょ」ムッとする爽
『ンー ここは…喜ぶとこ?』
ママが静かに「パパね、ちゃんと保険に入ってるよ。でもね、今まで通りってわけには…色々我慢しないとね」
怜「あぁぁ 苦学生に転落なんて最悪ぅ オシャレもグルメもオシマイかぁ はぁ なんで脳梗塞なんてなっちゃうかなぁ」
真「姉ちゃん!」
『怜は一皮剥くとだな 命名を間違えたか』
爽「ママ、僕がなんとかするから」
『爽やかだけど、現実が見えてねぇなぁ こっちも間違えたかぁ』
死んだように寝ている小雲を見ながらママが「実はね、今日のお昼 パパからメッセージが届いたの」そう言って子供たちを振り返ると「コレ」と見せたスマホのメッセージを興奮気味に読む「ママ 当たったぞ! サマージャンボ1等5億円 すっかり忘  って、途中で終わってるの」
「えぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」 子供たちが眼を剥いてママへ叫ぶ。
『あっ、そう言えば』
怜は「先に言ってよママッ」と大声をぶつけるとベッドに駆け寄り、俺の体を揺らしながら「パパ起きて! どこ!ねぇ、どこにあるのパパッ!?」
真が怜を止めながら「やめろよ姉ちゃん パパ病気なんだぞ」
爽がカバンの中身を出しながら「それらしいのは…ないけど」
『早ッ、い いつの間に』
怜は爽を振り返り「ちゃんと探してるのお兄ちゃん? 真剣にやってよ」と怒鳴って爽に駆け寄ると、カバンを逆さに振り始めた。
真「姉ちゃん、いい加減にしろよ」
怜は「うるさい」と叫ぶと、カバンを放り投げて壁に掛かった俺のスーツに駆け寄り、すべてのポケットに手を突っ込んでいく。
『あの宝クジ あのあと、どうしたんだっけ 全く記憶にない あれぇ?』

9月15日 14:46 総合病院B棟5階
あれから5日 小雲は、暗闇の中で身動きできず、指一つ動かせない。
されるようにされ、周りの声を聞くだけで、死んだように生きている。
ガチャッ コツコツコツ「えぇ、脳波を診ると意識があるようにも見えますが、反応がありません」と若い医者の声と家族の足音。
ママが驚いた声で「意識が戻るかもしれないんでしょうか?」
医者「なんとも言えません。何かが邪魔をしているようにも見えるんです。あと、肺活量が半分ぐらいなのも気になっています。レントゲンで肺を見ても問題ないんですが」
『うん 確かに、ちょっと息苦しい』
医者「何か反応があれば呼んでください。ご家族の話しかけが大事です」
コツコツコツ ガチャッ

医者が病室を出て行くと、怜が「一瞬で良いからパパの意識が戻らないかなぁ。宝クジがどこにあるかだけで良いからさぁ」
一瞬かよ! ちゃんと戻ってと言えんのか!』
真「姉ちゃん!」
爽「昨日さぁ、会社のパパの机やロッカーを調べに行ったんだけど、机の上に宝クジの赤い袋があって、その中にはハズレが9枚入ってて、肝心の当たりクジが…どこにもなかったんだよね」
怜がキツめに「ちゃんと全部調べたの? なんか頼りないなぁ。うちらの人生が掛かってんだからね」ムッとする爽
『うーん、どこにやったのか全く思い出せん。でも思い出しても、どうやって伝えるんだ?』 その時、暗闇の奥深くから、

また、あの声が  『時が…満ちたか』

ビクッ 小雲はおびえながら『だ 誰だ』と暗闇に気配を探す。
闇の声『に向かって誰だ だと。フンッ 奴隷ごときがッ』
女の…声? でも、久しぶりの会話だ 態度デカすぎだけど
小雲『奴隷?俺がか? キサマどこにいる? なぜ俺と話せる?』
闇の声『女王に向かってキサマとは無礼な。 これまで何度も余の声を聴いたであろう』
女王!? 大丈夫かコイツ
小雲『ああ 覚えてる。 この声を でも、もっと辿々たどたどしかった それに、この声を聴くと意識が飛ぶことも』
女王『意識が飛ぶ… クックックッ そうだな あやつりやすいシンプルな脳ミソだからな クックックッ』
小雲『あやつる? 俺をか? キサマはいったい』
暗闇は暫く沈黙したあと『いいだろう もうすぐ終わるオマエに、救いのないオマエに、余の糧となる命に、ほんの礼だ 教えてやる』
もうすぐ終わる!? 俺が!? 凍りつく小雲に暗闇が語り始めた。

クモヒメバチ 知らぬであろう 余の偉大なる先祖だ。偉大な原始の先祖は、宿主やどぬし蜘蛛クモの体内で卵から幼虫に孵ると、寄生した蜘蛛クモを生かしたまま薬漬けで操り、コキ使い、殺さぬ程度にその体液を吸って成長する。そして、サナギになる寸前で蜘蛛クモの糸を使って特製のベッドを作らせ、その柔らかなベッドでサナギから成体のクモヒメバチに羽化すると、最後は蜘蛛クモの体液をすべて吸い尽くし宿主やどぬし食い破って誕生するのだ』

沈黙する小雲は、必死に状況を整理している。
ようやく絞り出した絶望の声で『人を宿主やどぬしに…進化したのか? 俺がキサマの...宿主やどぬしなのか?』
女王『クックックッ そういうことだ。 さあ、始めよう
小雲は 覚悟を決めた
小雲『待て、待ってくれ、頼みがある。キサマが “ヨコセ" と俺から最後に奪ったモノを返してくれ』
女王『オマエ、立場がわかっているのか? 女王に向かって、キサマだの、頼むだの、返せだの  無礼であろう』
小雲『頼む、アレは人の糧だ。キサマには無用だろう。俺がキサマの糧となる代わりに、アレを 家族の糧を、末っ子の真に渡してくれ』
女王『ひかえよ 図々しい』
暗闇に恐怖の沈黙が漂う。
女王『だが…ある意味、余はオマエの娘 フンッ いいだろう その望み叶えてやる』
と言い放ったその瞬間、小雲の左の肺に擬態したサナギから鋭いキバが突き出し、毛糸でできた特製ベッドの殻を切り裂いた。

「あれ? パパが…動いてる。見て、心臓のところ!」
真が叫ぶと、ママも爽も怜も小雲を振り返る。
死んだように横たわる小雲の心臓がドンッと波打つ。
「パパッ」ママが小雲に駆け寄る。
怜が笑顔で「よかったぁ、パパが戻ってきたぁ」とハシャぎながら爽と一緒に小雲に近づく。
4人が涙目でベットの小雲を覗き込んだその時、

ジュジュジュジュゥゥゥゥ

小雲の中からけだものが血をすするような、後頭部の神経を逆立てる不快な音が吹き出すと、小雲の顔が4人の目の前でシワシワしぼんでいく。ミイラのように。
「ギャァーッ」

小雲は、躰じゅうの体液が心臓の一点で吸われていくのを感じながら
『もうひとつ…頼みが…ある』
女王『まだ意識があるのか ならトドメだ』ジュジュジュ…
干涸ひからびながら小雲は僅かな命を振り絞って
『俺の家族を…守って…ほしい』と暗闇へ願う。
予想もしない展開に女王はトドメの牙を離し
女王『なん…だと!? 余にオマエの家族を…守れだと!?』
意識が遠退とおのくミイラ『頼…む』
女王『死を前に 命を奪う余へ 命乞いより 家族の心配か? 面白い使命だなオマエ フゥゥム まぁ、いいだろう たまに兵隊たちに様子を見にいかせよう』
ミイラ『あり…が…』の途中で女王は肺を切り裂き、ミイラが息絶えると、肺を出て喉へと這い出して行く。

ベッドの脇のが見つめるその先で、小雲ミイラのボォゴッ と膨らみ、ブギギャ ザギッ ガガッ と喉を裂きながら、ギギャッ ゴゴグッ ググガガッ とその膨らみがクチへと動いていく。
恐怖のあまりは視線を外せず、躰は動かない。爽と怜はガタガタと震えながら、へばりついた病室の壁へ後退あとずさりし続けている。ママは、パパがミイラ化したところで気絶して、ベッドの下に横たわっている。
ガッゴッガッゴッ ミイラのクチが裂かれながら開いていくと、

ギィーッ ギィーッ ギィーッ


低い鳴き声で、クチの奥から拳大こぶしだい黄色が上がってくる。
最初に、太く鋭い黒い刃文のキバが突き出る。そして、2本の茶色の触覚と黒くデカイ複眼が飛び出し、ミイラのクチから巨大なハチが顔を出すと、首をゆっくりと回して ギィーッ と辺りを伺う。
「ギャァーッ」「うわぁぁぁ」うるさい爽と怜。
巨大なハチはミイラのクチから身を乗り出し、ザサッ 1メートルを超える羽を伸ばす。ヴゥィィーン と羽ばたきが唸り、大きな腹とその先端の黒く太い針が空中へ飛び出した。
ヒトヒメバチの女王が、いま 誕生した。
「ヒィィィィ」「ぎゃぁぁぁ」「うわッうわッうわッ」「イヤァァァァ」
ホントにうるさい爽と怜。少しは弟を心配したらどうだ。

一瞬で真の目の前へ そして、真の眼を複眼で覗き込む女王。
凍りつく真の首に腹を巻きつけ、先端の針を真の延髄へ浅く刺しこんで、真の意識へ侵入する。
獲物エモノもてあそぶ女王『クックックッ 初めまして お兄ぃちゃーん
真は、覗き込む複眼流れ込む悪意に気絶寸前の過呼吸に陥っている。
女王は口から吐き出したビニール袋をキバはさむと、口づけのようにキバを真の口へ斜めにゆっくりと差し込んで、ビニール袋を舌のように真の口へと滑り込ませる。ビニールで真の過呼吸が止まると
パパからの贈り物よ クックックッ またね お兄ぃちゃーん』

次の瞬間、巨大なハチは病室の窓を突き破り、秋の空へと飛び去った。

おしまい

#小説 #創作 #オリジナル #物語 #短編 #フィクション #クモヒメバチ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?