第75話 父母:帰省

 ボクは実家からそれほど離れた場所に住んでいない。
 だから年に1回や2回ほど帰省する。
 まぁお互いの生存確認とでも言えばいいのだろうか?
 元気にしているかのチェックみたいなものだ。
 
 最寄りの駅に降りて、ボクは家に向かう。
 久しぶりに歩くその道はいつもボクが歩いていた道。
 見慣れた光景が目の前に広がるが、どこか他人行儀だ。
「あっ、ここ駐車場になっちゃった」
 自分の記憶にある映像と照らし合わせながらボクはゆっくりと歩く。

 実家のカギは持っているがボクは使わない。
 わざと呼び鈴を鳴らす。
「ピンポーン」
 我が子が実家に帰って来たよ。
 そんなお知らせのつもりだ。
 カギは決まって父が開けてくれる。
「おかえり」
 文字に記すときれいな日本語だが、実際は
「おきゃ~り」
 父はこんな感じで発音する。

 家に上がって、リビングへ移動。
 移動と言っても家は大きくない。
 扉を開ければすぐそこがリビングだ。
 ボクは扉を開けると同時に
「ただいま~」
 と言う。
 ボクは大概夕方に帰って来るので、母は台所にいる。
「おかえり」
 と言って迎えてくれる。
 ここ最近は
「オッス」
 が多いかな?
「雨降ってた?」
「ん?パラパラだったね」
 そんな他愛ない会話をする。
 父も母も笑顔で出迎えてくれるなんてことはない。
 そんなのこっちだって面食らってしまう。
 父と母が暮らす空間にボクが久しぶりにひょっこり顔を出す。
 そんな感じなのだ。

 でもボクとしてはやっぱり久しぶりの実家は懐かしさを感じる。
 白熱灯の光が暖かく優しさを感じる。
 あれ?こんなに優しい感じがしたかな?
 毎回そう感じる。
 服をぺっぺと脱ぎ捨てて、短パンに着替えて畳の上に座る。
 あ~、実家だ。
 安らぎを覚えると同時にこの瞬間からボクはわがままになる。
 何もしない、動かない。
 ドラゴンクエストに「うごくせきぞう」というモンスターが存在するが、ボクはその逆で「うごかないせきぞう」になる。
 そう、ただの石像だ。
 ボクはぐうたらになる。

 ボクはわがままを満喫する。
 母が作った料理はやはり安心する。
 きっと、どんな有名なシェフが腕によりをかけて作ったすんばらしい料理より、母が作った料理の方がボクの心に安らぎを与えてくれるのだろう。
 ご飯を食べ終わった後の談笑も心地いい。
 お笑い芸人さんみたいに腹を抱えて笑うことはないけれど、ボクを必ず笑顔にしてくれる。

 帰るときは必ずかばんがパンパンになる。
「あれ持ってけ、これ持ってけ」
 そんな物がかばんに詰められ、ボクのかばんは悲鳴を上げる。
 正直いらないんだけど…なぜかやはり笑顔になる。
 そんなやり取りを母としていると、父はいつの間にか車を用意してくれる。
 駅まで送ってくれるのだ。
 いつも遠慮しているのに、
「まぁまぁ、かばんもパンパンなことだし」
 そんなことを言われてボクは車に乗せられる。
 別に高級な車じゃないから乗り心地は至って普通だ。
 だけども、ボクにとっては世界で一番の運転手が運転してくれるから最高のドライブになる。

 30を超えてからだろうか?
 そんなわがままを満喫すると、帰りの電車は不思議な現象に陥る。
 列車に乗ったあたりから、なぜか胸がいっぱいになる。
 そのままの感情に流されると、目から涙がこぼれそうになる。
「ありがとう、ありがとう…」
 そんな想いでいっぱいで、電車の窓から見える離れゆく見慣れた景色にしばしのお別れを告げる。
「まぁまた暇ができたら帰るかな?」
 認めたくはないが、ボクはいつまでも子供なようだ。
 
 お父さん、お母さん。
 いつもありがとう。 

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