もはや『真心のおもてなし』は当たり前
[要旨]
コピーライターの川上徹也さんによれば、日本で一般的に売られている商品は、品質だけを取れば、それほど大きな差はないので、“厳選された素材”、“こだわりの製法”などといった抽象的な形容詞で表されるような売り文句では、顧客の心を突き刺し、気持ちを動かすことはできないため、具体的に頭に浮かぶような物語性を示す必要があるということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、コピーライターの川上徹也さんのご著書、「価格、品質、広告で勝負していたら、お金がいくらあっても足りませんよ」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、川上さんによれば、カリフォルニア工科大学の実験で、価格の高いワインほど、顧客は高く評価するということがわかっていることから、「ストーリー」によって価値を付加することで、顧客の満足を高めることは可能になるということについて説明しました。
これに続いて、川上さんは、最近は、販売する商品の差別化を行いにくくなっているということについて述べておられます。「現在、日本で一般的に売られている商品は、品質だけを取れば、そんなに大きな差はありません。どれもかなりの高レベルな商品です。そもそも、他を圧倒するような画期的な商品は、なかなか開発できるものではないのです。今や、多少のこだわりはほとんどの商品にあると言ってもいいでしょう。
品質や商品力で、他と差別化するのはとても難しい時代になっています。それはもちろん、品質をおろそかにしていいという意味ではありません。できる限りこだわり、よりよい品質を求めるのは最低限の条件です。ただ、あなたがこれだけこだわっているから十分差別化できているだろうと思っていても、お客さんから見たらそうでない場合が多いということです。例えば、飲食店や旅館などで、“厳選された素材”、“こだわりの製法”、“極上の料理”、“真心をこめたおもてなし”、“くつろぎの空間”などのワードがよく見かけますよね。
発信する側にとっては、かなりの差別化ポイントのつもりで訴求しているのかもしれませんが、生活者視点で見ると、それだけではほとんど印象に残りません。今の時代は、そのような抽象的な形容詞で表されるような売り文句ではなく、もっと具体的に頭に浮かぶような物語性がないと、お客さんの心を突き刺し、気持ちを動かすことはできないのです。こだわるならば、徹底的にやるか、見せ方を工夫しましょう。また、そのこだわりや見せ方を、よそとは違った言葉や切り口で語りましょう。それがストーリーになります。
また、世の中に出される商品の数も、昔に比べて格段に多くなっています。生活者は自分がどれを選んでいいかわからない状態です。信頼できる人が『これがいい』と言うと、多くの人がそれになびく傾向が強まっています。心に響くストーリーがあると、人は誰かに教えたくなります。ストーリーが口コミで広がり始めるのです。そうなると、結果として、メディアに取り上げられやすくなり、さらに口コミが広がっていくのです」(33ページ)
私自身も含まれますが、人は、「自分が理解していることは、他の人も理解しているはず」、「自分がすきなものは、他の人もすきなはず」と思い込みがちなのではないかと思います。そこで、川上さんがご指摘しておられる、「発信する側にとっては、かなりの差別化ポイントのつもりで訴求しているのかもしれませんが、生活者視点で見ると、それだけではほとんど印象に残りません」ということが起きてしまうのだと思います。これを一言でいえば、経営者の方は、独り善がりになりがちということです。
以前、失敗してしまう経営者は、環境分析をしないということについて述べましたが、環境分析をしない、というよりも、環境分析の必要性を感じない経営者は、独り善がりになっているため、自分が正しいと思うだけで意思決定をしてしまい、冷静になって経営環境を分析しようということまでは考えないのではないかと思います。しかし、川上さんがご指摘しておられるように、「日本で一般的に売られている商品は、品質だけを取れば、そんなに大きな差はない」のですが、自社商品の品質が高いことを説明しても、それは差別化にはならないわけですが、環境分析を行っていなければ、そのことにますます気づかないままになってしまいます。
したがって、経営者の方は、常に自分の考え方に誤りはないか確認しながら、意思決定をしていく必要があると思います。ただ、「自分の思い通りにできなければつまらない」と考える経営者の方もいると思います。私もその気持ちは理解できます。しかし、事業活動は組織的な活動ですので、まず、事業が成功することを優先しなければなりません。そして、事業が成功すれば、経営者の方は自ずと多くの方から評価されることになります。
2024/9/10 No.2827