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【2】幸福とは

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「はじめまして。心理師の松です」

物腰の柔らかい男性が出てきた。
問診に目を通すと穏やかな口調で言った。

松:自分が幸福なのか分からない、というご相談ですか。

武:はい。変な相談ですよね。

松:相談ごとに、変も何もありませんよ。その問いは、とても本質的で興味深いテーマです。武さんご自身が幸福かどうか振り返っていく前に、お聞きしたいことがあります。武さんにとって、幸福とはどんな状態だと思いますか?どんな人が、幸福だと思いますか?

武:幸福な人ですか?そうですね…。俳優のYとか、幸福なんじゃないですかね。お金もあって、イケメンで、社会的に成功している著名な友達が沢山いるし。性格も良いからSNSでも全然叩かれていないので。

松:なるほど。では、幸福とは世間的に成功とされる条件をいくつも手にしている人だと。なぜ、それが幸福だと思いますか?

武:それだけ成功していれば、見下されることはないでしょう。私が日常で感じている劣等感や、苛立ちもほとんど無いと思います。幸福な人は、あらゆる苦痛から逃れることができています。

松:苦痛から逃れることができている。とても興味深いです。武さんにとって、その状態こそが幸福だと。苦痛の対極が幸福ということですか?

武:そうです。

松:では、ちょっとたとえ話になりますが、仮に覚せい剤を常用しているDさんがいたとしましょう。それも週1回どころではなく、効果が切れたら直ちに使用するのです、罪悪感が追いつく前に。Dさんは物心つく前からそれを常用し、死ぬ直前まで、常に快楽の絶頂を味わうことが出来たとします。
Dさんと俳優のYさんは、どちらが幸福でしょうか?

武:それは…。Yでしょう。Dは薬の快楽に逃げています。常に気持ち良い状態だったとしても幸福だとは思えないし、そのようになりたいとは思えません。

松:苦痛から逃げている状態は幸福から遠ざかっていると。快楽に満たされていることが幸福というわけでもなさそうですね。

武:…つまり、何です?

松:幸福とは苦痛が無いことではない、と思うのです。Yさんであっても、嫉妬によって誹謗中傷を受けたりすることも有るでしょうし、病にもかかるし、いずれかは死を迎える。苦しみから逃れることが出来る人は、誰一人としていない。改めて考えてみましょうか。武さんは、なぜYさんを幸福だと思うのでしょうか。

武:Yは…。
会ったこともないので、正直、分からないです。ただの印象ですが、たぶん辛いことがあっても挑戦をして、自分がしたいことを出来ているからこそ、充実している人生のように私には感じるのだと思います。

松:辛いことがあっても充実している人生が幸福。興味深い言葉です。そして私もそのように考えています。幸福とは、苦痛から逃れている状態や、苦痛が無い状態のことではなく、自らが選んだ価値に向かって行動する生き様そのものだと。

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