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サンセットに輝いた、傷だらけのレスポール。


少しだけハワイで暮らしたことがある。

トーキョーの片隅で、やっと広告代理店のアートディレクターになれた頃、ひとりホノルルに飛んだ。せわしないトーキョーを逃げ出し、しばらく何もしたくなかったんだ。

乾いた偏西風と、エメラルドグリーンの澄んだ海と、プルメリアの香りがするコンドミニアム。そしてKTKTにチューニングしたラジオからは、気持ちの良いスラッキーギターが低く流れる。

オープンGのワヒネチューニングは、スローライフそのものだったんだ。


気さくなオーナーがいる、小さな街のギターショップへ。

そんな毎日で自分を取り戻したら、無性にギターが弾きたくなった。早速ホテルのプールサイドバーで演奏してるバンドマン、リアムに相談しにいく。老舗ライブハウスJAZZ MINDSのブルースナイトで知り合った、ロコのギタリストだ。

せっかくだから、この島の空気をたくさん吸い込んだオールドギターが欲しい。その旨を話すと、良質なヴィンテージをたくさん並べてる、ギターショップを教えてくれた。ここは世界屈指の観光地だから、ハワイアン・ミュージックやレゲエはもちろん、いろいろな音楽が街に溶け込んでる。さまざまなジャンルのミュージシャンがいるから、いいギターに出会えるんじゃないかと、期待が膨らんだ。


リアムは、ホノルルからH1を西へノースシェアに向かって、クルマで20分くらいと言っていた。海沿いの小さな街にその店はあるらしい。午後から日差しが柔らかくなったので、カスタムショップで長期レンタルしたクライスラーをフルオープンで走らせたんだ。

ペパーミントグリーンに塗られた建物は、すぐに見つかった。エディという気さくな店主は、ジャックジョンソンのような雰囲気の大柄な男。紹介されたギタリストの名を出すと、馬鹿でかい手で握手してきた。明るく陽気で、さらりとした気の使い方ができるやつ。ウッディで居心地がいい店内は、彼の人柄そのものだと思った。

結構広いスペースに、アコースティックギターとエレキギターがぎっしりと壁にかかってる。静かに流れるドゥービーブラザーズが、気持ちを昂らせたんだ。

 「やっぱりアコギかなぁ。ざらっとしたオールドギブソンもいいし、ふくよかなマーティンも..。」
 

一目惚れしたのは、ワケありのレスポールだった。

そんなことを考えながら店内を見回すと、ふと1本のギターに目を奪われた。ギブソンレスポール、ゴールドトップ。太い音色のハムバッカーではなく、ソリッドなサウンドが好みのP90ピックアップがマウントされている。

ボディペイントは、年を重ねたクラックが年輪のように刻まれていた。塗料のブラスが酸化して、ところどころ深緑になっているのもキブンで。ブルースが似合う、カリッとしたいい音がしそうだな。聞くと、ラージヘッドに変わったばかりの1969年製という。

「ちょっとトライしていいかい?これ」


「もちろん!」とエディが手渡してくれる。

抱いた瞬間、ときめいた。ギターは女の子と同じとは、よくいったもんだ。ネックの握りがしっくりきて、いいギターだなと思った。

乾ききったワンピースマホガニー材のボディは、アンプに通さなくても生音がキモチいい。セッティングも完璧で、フレットの立ち上がりや弦の高さもしっくりする。

もしかしたら、プロが使ってたのかもしれないな。いい環境で弾き込まれ、育てられた感じ。ヴィンテージのレスポールは価値が高いけど、ニッチなモデルだから8,000 ドル(当時 約90万円)くらいかなぁ。

「いいギターだなぁ、これいくらなんだい?」

「うーん、4,000ドルでどうだい?」
「ええっ、そんなに安いの?!」
驚く僕に、エディは両手を上げて大袈裟にうなづく。

「それには理由があるのさ。裏を見てごらんよ...。」

せつない物語に、躊躇した。

不思議そうにそのレスポールひっくり返すと、あーあこりゃひどい。ギターの裏いっぱいに、乱暴に文字が彫ってある。ナイフのようなものでガリガリと、1cmくらいの深さに。こんなに削られてたら、ちょっと修復は難しそうだな。

よく見ると歌詞らしきフレーズが続き、最後にはでかく「Keoki&LanaForever2009」と綴られていた。
 ケオキとラナっていうのかな。どうやら恋人同士のようだ。このギターで、永遠を誓ったのか?高価なものだから、本人達も相当熱を上げてたんだろう。それがここにあるってことは、 はかない恋だったのかもしれないね。

「ある日冴えない中年男が、安くてもいいから引き取ってくれと、店にきたんだ。」
苦笑いの、エディ。
「思った通り、売れやしないよ。」
僕も笑うしかなかった。
プレイヤーならともかく、コレクターには見向きもされないね。

きっと中年男は、今も手元においておくのは辛すぎたんだろう。彼女と過ごした日々を、弾くたびに思い出すから。しばらく悩んで、スタンドに戻す僕。こんなせつないギターは、やっぱり買えないよ。

結局、エディが薦めてくれたラウンドショルダーのギブソンJ50という、程度の良い60年代のオールドアコギを手に入れた。日本では考えられない、驚くほどの安価でね。すぐの再会を約束して、店を出る。
 
振り向くと、ショーウィンドーの奥にさっきのレスポール。燃えるようなサンセットで、もっとゴールドに輝いていた。

それを見て、僕は想ったんだ。愛し合ってたKeokiとLanaにも、誰にも負けない黄金の輝きがあったんだろうな。あのギターのようにね。それでいいじゃんか。ちょっとだけ、羨ましいぜ。


美しい夕陽に、LOVEソングが浮かんだ。

せっかくだから、知らない街を歩いてみる。涼しくなったビーチには、何組ものカップル達が寄り添っていた。海からの南風が、ヴィンテージTシャツの裾を揺らす。近くのハンバーガーショップから、ロコガールたちの笑い声。腰をおろしてサンセットを眺めていると、ふと大好きな曲を口づさんでた。

ポールマッカートニー&ウィングスの「My Love」だ。。

いつも隣で支えてくれた愛妻リンダに、ポールが贈ったLOVESONGだ。
そういえばあれと同じ1969年レスポールゴールドトップを、ギタリストのヘンリー・マックローが弾いてたハズさ。無性にその音色が聞きたくなって、車に戻ると早速iPhoneをカーステに繋いだ。

I love my love Only my love does it good to me...
「ああ 愛しい人。君だけが 僕を幸せにしてくれる。」

とポールがやさしく歌ってる。夕方の黄昏時には、似合いすぎるバラードだった。サビが終わると、さっき見たレスポールのソロだ。カラリとしたP90ピックアップ独特のトーンで、ドラマティックな名演が始まった。

今でも中年男は店の前を通るたびに、あのギターを眺めてはホッとしてるのかもしれないな。まだあるよぉなんて。一緒にはいたくないけれど、遠くにいって欲しくない。そんなキモチ、なんか分かる。

いっそのこと、僕があのゴールドトップを買って、中年男を落胆させちまおうか。エディなら、ねぎり倒せば3,000ドルくらいになりそうだし。そんな意地悪なことを考えてニヤニヤしながら、ゴールドに染まる空に向かってコンバーティブルを飛ばす。

ポールマッカートニーの甘い歌声に包まれて、潮風がやさしく頬を撫でていった。



※以前クロスビート誌に寄稿したものを、リライトしたものです。

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