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熱湯会議

「マスク入浴法案についておたずねします。
顔を洗ったりする時、どうするのでしょうか。
具体的にお答えいただきたい。
入浴時においてまでマスクを着用する必要が本当にあるんでしょうか?」


「マスクの紐というものは、耳にかけることによってマスクが安定するように設計されています。マスク耳かけ運動において我々はその部分を徹底的に対策してきたわけです。そのせいで耳にたこができるとも言われました。

お風呂というのは、古くから日本人の心身を癒してきたものです。湯船の中にゆっくりと肩まで浸かり今日という一日を振り返ってみれば、人それぞれに思うところがあるんじゃないでしょうか。

汗を流して駆け回ったこと、猫とにらめっこをしてくたくたになったこと、行列に並んで貴重な野菜を手に入れたこと、とりとめもない話をして先生に怒られたこと、伝説の魔女を探して迷宮をさまよったこと……。人の数だけストーリーは存在します。

42℃の湯船の中で人生を見つめ返し、風呂上がりに、腰に手を当て牛乳を飲めば、ゴクゴクと音がします。それは自分自身に打ち勝った証ではないでしょうか。

ああなんて美味いんだ。
牛乳は美味いじゃないか。
人生は捨てたもんじゃない。

そのような身近な感動をすべての人に与えたい。
貴族が何だ、スポンサーが何だ、そんなものは何の問題でもない。
スポーツだけが特別に偉いのか。私はちっともそんな風に思わない。
今日ここにある日常を守りたい。ただそれだけが私の願いなのです」


 その後、会期は延長され今日も深夜まで文字通りの熱い議論が続いている。先生たちは腰にタオルを巻いて湯船に身体を沈めていた。勿論、顔には正しくマスクを着用の上だ。「茹で蛸になるぞ!」野党から激しい野次が飛ぶ。眠っているような者は一人も見当たらない。
 銭湯国会は日本史に残る死闘となった。



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