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#眠れない夜に
スープ・カレーを召し上がれ
「誠に申し訳ございません。ご注文いただきましたスープ・カレーでございますが、私の不注意により少々スープをあふれさせてしまいました。お届けできる状態でないと判断できるため、ご注文をキャンセルさせていただき、こちらの方で引き取らせていただきます。この度は誠に申し訳ございませんでした」
「大丈夫です。構いませんのでそのまま届けてください!」
「恐れ入ります。せっかくご注文していただいた商品を、完全な
月夜の横断歩道(つながっていたい)
青にならない信号の前で立ち止まっている。しかし、この信号を待つのだろうか。待たなくても渡れるように思える。だけど、僕は既に待ち始めている。待った以上は待ち続け待つという任務を果たすことが義理ではないのか。けれども、それはいったい誰のためなのだ。さあ、それは誰のためだ。
例えば、隣で誰かが見ているのか。例えば、空から神さまが見ているのか。あるいは、後ろから母さまが見ているのか。例えば、車はまるで
ワン・ウィーク、ワン・ドリブル
ジレンマのブランコに乗ったまま僕はボールを運んでいる。ゴールしたい自分。ゴールを忘れるほど遠くへ行きたい自分。ずっといたい自分。(何も不自由はない。だけど満足しているわけではない。恐ろしいほどに心地よい瞬間がある。例えようもなく空っぽになる瞬間がある。ここではないと思える自分がいる内に、動き出さなければならないのではないか)離れなければならない自分。もっとゆっくりしたい自分。ゆっくりしてられない
もっとみるミッドフィルダーの活躍
手についていたはずの職は時代と共にかすれ、気づいた時には何もなかった。職場は予告もなく消滅し、貯金はあっという間に底をついた。こうなることがわかっていれば、もう少し何とかならなかったか。後悔している場合ではない。困り果てた私の目にネットの広告が飛び込んできた。
「あなたにもできる! 簡単な仕事です」
もはや深く考える余裕はなかった。顔写真と電話番号を送信すると契約が終わり、翌日私は現場につ
霊能将棋(ウーバー杯)
夏の終わりに女神は現れた。いつものように棋譜並べをしているといつの間にか彼女が盤の向こうに座っていたのだ。中盤の難所で最善手を求めて道を見失いかけていた時、すっと彼女の指が伸びて思わぬ駒を前に進めた。それは棋譜には現れない妙手と言えた。一手の意味をたずねると彼女はゆっくりと棋理の深淵について語り始めた。
「私が見えますか? ついに覚醒しましたね」
ほとんどの時間、彼女はただ座っているだけだ
会食泥棒(トーク&イート)
火が通るのを待っている人がいる。熱が引いて行くのを待っている人がいる。待つ方向は様々ではないか。ヌーの群が道を空けてくれる時、サンタクロースが背中から贈り物の入った袋を下ろす時、竜王がひねり出した指し手が盤上に現れる時……。待ちわびた先には、一瞬の光が見える。
待つ間にも歳を取る。
どうして人は、待つのだろうか。
「まだかしらね」
待つ間にも食事は始まっている。
「ファスト・フードじゃな
ライン虫(夜明けの詩)
悪夢から醒めた時、太陽はなく真っ暗な倉庫の中だった。交信はなく、さほど空腹でもなかった。覚えがないというだけで、きっと長い罰の中にいるのだろう。闇を見続けている内に、徐々に目が慣れてきた。
「思ったほどじゃない」
来た瞬間はそう思えただけだった。真っ暗でもなければ、倉庫でもないのかもしれない。あらゆるものに輪郭があることがわかると、生きている世界に手触りがあるように思えた。少し歩き回る内に