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ライン虫(夜明けの詩)

 悪夢から醒めた時、太陽はなく真っ暗な倉庫の中だった。交信はなく、さほど空腹でもなかった。覚えがないというだけで、きっと長い罰の中にいるのだろう。闇を見続けている内に、徐々に目が慣れてきた。

「思ったほどじゃない」

 来た瞬間はそう思えただけだった。真っ暗でもなければ、倉庫でもないのかもしれない。あらゆるものに輪郭があることがわかると、生きている世界に手触りがあるように思えた。少し歩き回る内に、すぐに本は見つかった。
 手にした時には恐る恐るだったが、開くと少し心地よかった。覚えることには戸惑ったが、覚え始めるとくせになった。

 ラインを引くとパッと明るくなった。光の周りで何かが舞った。虫だ。ラインを引く度に虫たちがついてくる。まるで指揮者になったようだ。覚えることが多すぎる。大事なことがあふれている。記憶に定着させるためには、ラインを引かなければならない。目の前を通り過ぎて行くだけでは不安だった。しるしをつけなければならない。感覚に残る仕草こそが証になるのだと信じられた。

 ラインを引く毎に虫が舞った。それは学習の証明でもあった。輝きは夜にしか見えないから、虫たちは光に飢えている。大事なことがわかり出すとより細かなところも大事なように思えてきた。ラインは伸びて厚くなり、また虫たちの数も増してその舞もより流麗なものに映り始めた。光を放つ本文よりも時にはその周辺に揺れる存在の方が、明るさを増して見えることがある。虫たちにはどう見えているのだろう。作られた集合は容易く解けない。見つけた光は捨てられないからだ。学びほどに永遠を欲しがるものがあろうか。いくらあっても足りないように足りない。

 ページが尽きる前にカーテン越しに朝日が学習を断ち切った。虫たちは蛍光色の夜と共に消えてしまった。床に落ちた活字は、学習の残骸ではない。それは虫たちが置いていった詩のようだ。まだ少しだけ熱い。

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