見出し画像

月夜の横断歩道(つながっていたい)

 青にならない信号の前で立ち止まっている。しかし、この信号を待つのだろうか。待たなくても渡れるように思える。だけど、僕は既に待ち始めている。待った以上は待ち続け待つという任務を果たすことが義理ではないのか。けれども、それはいったい誰のためなのだ。さあ、それは誰のためだ。
 例えば、隣で誰かが見ているのか。例えば、空から神さまが見ているのか。あるいは、後ろから母さまが見ているのか。例えば、車はまるで走っていない。例えば、周りに人の気配もしない。例えば、空にはお月さまが見える。それでは、明日は雨の心配はなさそうだ。

 されど、こうして青にならない信号を待ち続けるのは、いつからか体に染み着いて取れなくなった仕草なのであろうか。さりとて、人間は染まったものをあとから作り替えることもできる。そして、それは常に自分次第だろう。が、そこに待ったをかけようとするのもまた自分に他ならないのである。とすると、この状況は信号というシステムと自己意識の対立と言えるのかもしれない。でね、ためらう理由があるとするなら。それをずっと考えてた。

 ほんでな、僕はどこかであの世のことを考えてもいるのだと思った。あの人は、最後まで守り抜いていきましたよって、ほめられたい。そんな未練がどこかに眠ってるんじゃないかって思う。実は、とっくに終わっているのは世界の方で、もう目の前の信号なんかに1つの意味もない。真夜中の信号の前に立つと、いつでもそんな幻想にとらわれそうになる。

 その時、背後から現れた羊の群が一斉に僕を追い越して道を渡って行った。あとに柴犬が続く。約束された時があるのか、帰らなければならない家があるのか、何だろう。更にそのあとに少年が羊たちを追いかけて行った。みんな何もためらいを持たないように勢いがあった。少年のあとに続くものは、もう何も現れなかった。彼らが通過するのは、花火が1つ打ち上がって消えていくまでの間だったように思う。でね、僕は独り取り残されたように思った。
 赤い月夜だった。本当は、信号なんてどこにもなかったのかもね。

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,099件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?