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路上詩人

 僕は路上詩人。道行く人に向けていつも歌っている。すぐ目の前をいくつもの足音が通り過ぎる。みんな急ぐべき理由があるのだろう。約束の時間に間に合わすために、よそ見もせずに歩いて行く。開演の時間が迫っているのかもしれない。売り切れる前に手に入れたいパンがあるのかもしれない。宅配のピザが届くのかもしれない。彼らにとって僕の存在は無意味だ。誰に約束したわけでもないのに、僕はここにいる。誰が耳を傾けるというわけでもないけれど、止めろと言う者もいない。ここには自由がある。

眠れない夜のために僕は歌う
眠ろうとすれば眠れなくなる
眠ろうとするほど眠れなくなる
眠るつもりで眠れなくなる
眠る気にあふれ眠れなくなる
眠る気があるあまりに眠れなくなる
眠れないと思うほどに眠れなくなる

眠れぬ人を憂い僕は歌う
眠りたくて眠れない人がいる
眠りたくて眠れる人がいる
眠りたくて眠らない人がいる
眠りたくなくて眠らない人がいる
眠れないから眠りたい人がいる
眠ってはならないから眠ってみたい人がいる

眠ると言いつつ眠らない人がいる
眠る眠ると言いながら眠らない人がいる
眠らないと言いながら眠る人がいる
眠らないと言いながら眠っている人がいる
眠っているのに眠っていないと言う人がいる
眠ってないと言いながら眠っていない人がいる

眠らないついでに僕は眠りを歌っている
眠ったようで眠っていないことがある
あれいま何時? なんだ2時半か
ちょうどリーガが始まるよ
そりゃよかった 見ながら眠ればいいって
ああ眠れないのか そりゃいいや
ずっと見てればいい

眠りに入って眠れない
眠りについても眠れていない
眠るはずが眠れていない
眠ったらと思っても眠っていない
眠ることをあきらめたら眠らないまま
眠ることを忘れたら変わらず眠っていない

「ずっとループしてる」って?
だってそれが問題をたどる形じゃないか

見ているようで見ていないことがある
見ているように見えて見ていない人がいる
見ているつもりで見過ごしていることがある
見ていますと言って見ていない人がいる
見ていないようで見ていることがある

眠れない夜のために僕は歌う
眠れない夜のために歌うことがある

 人々は向かう先があるためか、帰る家があるためか、ここに足を止めることがない。一瞬でも僕の声は耳に入っているはず。足を止めてそこにあるものを確認することができる。自分に関心がなく無関係で不必要なものと判断した後に歩き出すこともできる。躊躇わずに通過していける彼らの冷たい直感が恐ろしい。きっと3月のせいに違いない。抱えた宿題が多すぎるのだ。月が変われば人の流れも変わるだろう。僕は変わらず歌い続けよう。他にすべきことは何も見当たらない。


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