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会食泥棒(トーク&イート)

 火が通るのを待っている人がいる。熱が引いて行くのを待っている人がいる。待つ方向は様々ではないか。ヌーの群が道を空けてくれる時、サンタクロースが背中から贈り物の入った袋を下ろす時、竜王がひねり出した指し手が盤上に現れる時……。待ちわびた先には、一瞬の光が見える。
 待つ間にも歳を取る。
 どうして人は、待つのだろうか。

「まだかしらね」
 待つ間にも食事は始まっている。
「ファスト・フードじゃないんだから」
 そうとも。私たちは何もかも手っ取り早いものに慣れすぎてしまっているのだ。結論だとか正解だとか安易に同じものばかりを求めてどうする。私たちは、今日ここでゆっくりと食事することに決めたのだ。たとえそれが時代が示す方針に逆らうものだとしても構わない。

「どんな料理でしょうね」
「ああ。向き合って食べるのは久しぶりだね」
 届けられる前にも食事は始まっている。まだ形には現れていないだけで、何もないのとは違う。そこにささやかな未来が見えている。
 料理は私たち2人の間に入り、彩り、香り、音を持って楽しませてくれる。いつでも笑ってはしゃいでいたあのラブラドールのように。
「こんな時代いつまでも続かないわ」
「そうかな。100年続いたりして」
「駄目よ。そんなこと大きな声で言ったら」

 ただ話すだけでは息苦しくなるだろう。目の前に魅力的な料理があれば、本題を離れて食材について触れることもできる。黙々と食べるばかりでは味気ない。食べることも話すことも交互にスパイス、エッセンスとなり、互いに箸休めの役割を担うことができる。
 話しながら食べ、食べながら話す。そんな普通の営みを繰り返す内に、気づくと時が過ぎ去っていることだろう。私たちは好んで時間を盗ませることがある。
(楽しみがなければ生きていけない)

「ちょっと遅すぎるんじゃない」
「そうだな」
 店の壁にかかった時計は、21時をまわっていた。
 もう大人しく待つ時は過ぎ去った。

チャカチャンチャンチャン♪

 呼んでも誰も来なかった。
 私は席を立ち店員を探しに行った。
「私たちのテーブルだけど」
 男は朱色のネクタイを緩め眠たげな目をしていた。
「お料理はあちらの方がすべてお召し上がりに」
 彼が指す方をしばらく見つめていたが見覚えのない男だ。

(誰だあいつ?)

「ちょっとあなたはいったい……」
 テーブルに近づいても男はまっすぐ前を向いたままだった。
 そして、突然立ち上がると両の拳を握りしめ激しく自分の胸を叩き始めたのだ。

「オレの前世はオオクジラー♪
オーオーオーオー 貴様のものも食ったった♪
アー クッタッターラッタッター ヤーヤーヤー♪
プクプクプクプクフクレッター モタレッターヤーヤーヤー♪
アー クッタッターラッタッター ヤーヤーヤー♪
オーオーオーオーオーオーオーオー♪」

「ど、どろぼー!」
「もううちに帰りましょう!」

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