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3.コロナと散歩/ロバート・ハリス、家を建てる。

 家作りのプランは順調に進んでいった。2019年も終わりに近づき、ハウスメーカーや建築家(当時は7社と話を進めていた)たちからそれぞれ間取りのプランや外観のデザイン画などが届き始め、細かい価格の見積もりなども提出されるようになった。

 彼らとのやり取りで二つの問題、というか事実が浮上した。
 それは、ぼくたちが家族会議で挙げた理想の家の条件を全て満たすとなると、1)家の大きさは最大で50坪どころか、60坪近い面積になり、2)価格も大幅にオーバーしてしまう、ということ。

 これはどう見ても、かなり大きな問題だったが、当時のぼくたちはあまりめげる事もなく、「色々と微調整していけば、何とかなるだろう」という前向きな気持ちでみんなとのやり取りを進めていった。妻はともかく、ぼくは昔から頭にバカがつくほどポジティブな人間なのである。

 12月の終わりには家に60人ほどの友人を呼んで恒例のクリスマス・パーティーを開き、正月はいつもと同じように家族とのんびりとテレビの前で過ごした。きっとこれが、この家で過ごす最後の冬になるだろう. . . そう思うと、信じられないぐらい寒い廊下やバスルームも、ほんのたまにだけど、愛おしく思えることがあった。

 1月の終わりには原稿を書きに数日間、フィリピンのセブ島へ行き、4月には小説のリサーチをしにカリフォルニアのバークレーへ行くプランを立てた。

家作りの方は、2月ごろには価格やデザイン的にどうしても折り合いがつかないハウスメーカーや建築家たちにお断りの電話を入れ、当初の7社が5社、3社、2社へと減っていった。それぞれの会社の建築家や営業担当の方たちは皆、親身になってぼくたちの家作りの相談に乗ってくれて、中には昔からの友人もいたので、彼らとのビジネス上の別れは決して気分的に楽なものではなかった。

そんな中、横浜の中川にある住宅展示場「ハウスクエア横浜」では、中立な立場でハウスメーカーを推薦、提案してくれるコンシェルジュ・システムがあることを知り、早速妻と二人でコンシェルジュの高松和久さんという方に会いに行った。高松さんに今まで我々が直面した価格の問題や、心から気に入ったデザインに未だに出会っていないことなどについて話すと、彼はしばらく考えた末、「ハウスクエア」内にモデルハウスがあるウィザース(WithEarth)という、千葉をベースにした中堅のハウスメーカーの元へと連れて行ってくれた。我々にとっては8社目となるこのハウスメーカーとの出会いが、家作りのプロセスの大きな転機となるわけだが、これについてはまた後日、お話しすることにする。

それよりも何よりも、全てを狂わせてしまう嵐が突然やって来た。いや、突然やってきたというよりは静かに忍び寄り、気がつくとぼくたちはその嵐に飲み込まれていた。

 中国の湖北省武漢市で11月に発症した新型コロナウイルス、COVID-19のニュースを日本でも頻繁に耳にするようになったのは、横浜港に寄港したクルーズ船、「ダイヤモンド・プリンセス」内に感染が広がってからで、ぼくはテレビの仕事の最中、大黒埠頭でこのクルーズ船を目の当たりにした。でもその後、2月、3月とウイルスの感染は日本各地で、そして世界であっという間に蔓延し、翌4月の7日には緊急事態宣言が日本で発令された。

 たまに原稿を投稿している男性誌、GQでは「私たちは、どう生きるか」という特集が組まれ、ぼくはこんなメッセージを書いて送った〜

 『一日一回、笑わせよう』
「人間は、危機的状況に陥ると本性が出ると言われていますが、このような世界的な危機にこそ、一番いい自分を出すチャンスなのではないでしょうか。優しさ、寛容さ、ユーモアのセンス、忍耐、勇気、愛情、友情、そういった、人間が内包している一番素晴らしい資質を発揮できるチャンスだとぼくは思っています。この状況を一緒に乗り切ろうと頑張っている親しい者に愛のある、優しい言葉を投げかけよう、一日に一回でいいから、彼らを笑わせてあげよう. . . そんな思いを一人ひとりの人間が抱いて、その思いがどんどん広がっていったらいいと思っています。一緒に、この危機を乗り切って行きましょう。」

ラジオや講演、主宰しているサロンの仕事などは全てオンラインで行われるようになり、自分で書いたメッセージ通り、ぼくは妻と娘と家に篭り、彼らと一日に一回と言わず、何回も何十回も笑いながら、なるべく楽しい時間を過ごすようにした。

午後になると毎日のように三人で散歩に出掛けた。高台にある、家の周りの住宅地。近所の神社。近くの幼稚園の裏に広がる小さな林。横浜の港を一望できるお寺の境内。坂を下ったところにある昭和レトロな商店街(ここは自粛中もいつも人で賑わっていた)。大きな鯉が泳ぐ美しい池と、その目の前にある叔母の家。池のすぐ横に広がる、桜が満開の公園. . . . 妻も娘もぼくも、散歩がこんなに楽しいものだということをすっかり忘れていた。ぼくたちはよく笑い、よく喋り、よく歩いた。

散歩中、よく人様の家も観察した。気が付くと、そうしている自分たちがいるのだ。門から家まで、ドライブウェイがずっと続く、昔ながらの豪邸。見るからに30年とか40年前にデザイナーが考案した、窓のない、円盤のような形をした近未来的かつ時代遅れな家。小さな敷地をとても上手く活用した、可愛い新築の家。

「この立派な家、重厚感とか木材の使い方を見ても、あのハウスメーカーっぽくない?」「この庭の作り方って、可愛いし、魅力的だね」「この家、タイルからして、XX工務店だと思わない?」「こういう個性的な家ってさ、10年もすると古臭く感じちゃうんだよね」そんな勝手なコメントを各々口走りながら、ぼくたちは日々の散歩を楽しんだ。

散歩するコースを網羅すると、ぼくたちは車に乗って近くの山下公園や臨港パーク、港の見える丘公園や根岸森林公園などへ足を伸ばし、公園内をゆっくりと散策した。自粛中なのでさすがに人は少なく、公園内のバラ園などは閉鎖されていたが、春真っ盛りの公園は花々に溢れ、そこにいるだけで心が和み、癒された。

何が起ころうと、この一瞬一瞬を大切に生きていこう 〜 フェンスの向こうに咲き乱れる色とりどりの薔薇を愛でながら、ぼくは心の底でそんなことを思った。

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