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時そば/古今亭志ん朝 Tokisoba / Kokontei Shinchou

80年代前半、東京に住んでいた時、時間とお金があると通っていたところが3ヶ所ある。
新宿ロフトと新宿末広亭と六本木WAVEだ。

G大駅の駅前レコード店に通っていた時、長兄さんに勧められて落語を見るようになった。
高校時代に読んでいたロッキンオンの松村雄策さんの影響もあったかもしれない。
もともと漫才ブームを経由していて、お笑い演芸は好きだったので試しにと聞いてみたらずっぽりハマってしまった。

新宿の末広亭という寄席によく行っていた。
昼の部12時から4時半まで、または夜の部5時から9時半まで
ずっと見て1800円だった。
その間落語と色物(漫才や手品など)が20人ぐらい次々と出てくるのである。
どう考えてもお得だ。

ある土曜日の夜席の主任(トリ)が古今亭志ん朝さんだった。
5時すぎから入って、
おばちゃんに頼んで横の桟敷席に上げてもらってぼんやり見ていた。
そのうち二階席にどこかの観光客の団体さんがドヤドヤと音を立てて入ってきた。
夕飯がまだだったらしく、お弁当が配られ、
あちこちで話し声や笑い声が飛び交い、かなりの傍若無人ぶりである。
でも当人たちは今日の旅を語り合いたいのだからしかたない。
場内はなんとなく騒々しい雰囲気になって、演者はやりにくそうだった。
そこにトリの志ん朝さんがお囃子にのって登場した。
最初はマクラで客の様子をさぐっていたがおもむろに話に入った。

「時そば」だった。

あまりにもメジャーなわかりやすい噺をいきなり語り出した。
志ん朝さんの「時そば」を聞くのはそのときが初めてだった。
それまでガヤガヤしていた二階の団体さんも、
志ん朝さんの声のトーンや語り口調で

「これはただごとでないぞ」

と本能的に察知したのか、場内はシーンと静かになった。
そして所々でおこる笑い声。
この団体のお客さんを話の世界に引きこんでやろうという
志ん朝さんの意地みたいなものをひしひしと感じた。

ものすごい熱演だった。

話しが終わると同時にものすごい拍手が場内を埋め尽くした。
二階席の団体さんも最後にはじっくりと話を聞いて、大笑いして、大拍手を贈って帰って行った。

すごい芸を見せられた。

あんなに凄まじい「時そば」を聞いたのは後にも先にもあの一回だけだ。






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