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#4-1 リフレクション3段階論からエージェンシー論へ 【MAWARUリフレクション:千々布先生#1】

みなさんこんにちは。MAWARUリフレクション事務局です。
今回は、全10回の「リフレクションを対話的に再構成する~研究者と実践者でリフレクションを紡ぎなおす~」イベントの第4弾として、2023年1月21日(土)に開催されたイベントの様子をお伝えします。

第4回目は、国立教育政策研究所研究企画開発部にて、総括研究官を務められている千々布敏弥先生にゲスト講師としてお越しいただきました。千々布先生は、国立教育研究所(現・国立教育政策研究所)の研究官として、複数の都道府県・市町村の学力向上施策の相談に応じてこられた他、学校評価の推進に関する調査研究協力者会議をはじめ、多数の文部科学省関係委員を歴任されました。世界の教育理論に精通しつつ、日本の教育政策や教育現場への提言をされる第一人者でいらっしゃいます。

今回も、参加者が事前に課題図書を読み、ディスカッションを重ねる「事前読書会」を行ったうえで、イベントを開催いたしました。今回は、千々布先生のご著書「先生たちのリフレクション 主体的・対話的で深い学びに近づくたった1つの習慣」(教育開発研究所、2021)を課題図書としました。
ここからは、イベントのPartⅠとして、千々布先生からのレクチャーをお届けします。なお、本シリーズはPodcastでも配信しています。ラジオのように音声でも聴くことができます!

「学習者」の視点と「授業者」の視点の往還の必要性

千々布:本日お集まりの皆さん、今日こういう機会を与えていただきましてありがとうございます。一応、本の概要を説明するスライドを作っています。今回の私のそもそもの出発点は、主体的対話的で深い学びというのが、よく分からないなというのがあって。調べてみると、主体的対話的で深い学びはこういうことですっていうのは分かったのだけれども、これをやるのに結局、この右側のようなこと(授業改善に向けた『授業者』の視点)も入りますよねという話なのですね。

図1

この右側のことを提示して初めて、先生たちが理解できるようになりますよね。何で右側の方だけ提示しなかったのかというと、この右側は従来から授業研究の中でよく言われていることであると、あるいは教育委員会が作る授業の指針なんかで言われていることなのだけれども、にもかかわらず教え込みの授業講義形式の授業がなかなか直りません。
そういう状況に対してどういうメッセージを伝えたらいいかというと、子どもを主語にして、子どもがこういう学びをしている状況を目指しましょう、というのが授業を変える上でいいのではないかと考えたというのが、中教審の考え方であったわけです。そしたら、今回の主体的対話的で深い学びというのはこういう図(図2)で表すことができるのではないでしょうか。

図2

中教審、学習指導要領は、学習者を主体として学びを改善していこうと言いました。でも、教師の側からするとやはり授業者が何をやればいいかということも大事ですね。先ほどの表と一緒になるのですけども、この両方が往還することによって、初めて主体的対話的で深い学びが実現するということになるのですよね。
まあこんな図を作ってですね、学習指導要領の担当課にも了承もらって、うちの研究所が著作権を持つような形で公開をしたのですけれども、ここまでの作業ができた段階で、あれ、この対立図式、こっちとこっちの両方とも大事だというのは、佐藤学(※1)論と石井英真(※2)論の対立に似ているなということなのですね。そこから私の思考が発展していったわけです。

※1 佐藤学 東京大学名誉教授。「学びの共同体」の学校改革を提唱・推進。主な著書に『学びの共同体の創造~探究と協同へ~』(2018)、『学校を改革する-学びの共同体の構想と実践-』(2012)ほか多数。
※2 石井英真 京都大学教育学研究科准教授。主な著書に『授業づくりの深め方』(2020)ほか多数。

現場の対立:学びの共同体か、教材研究か

私はずっと20年近く授業研究について研究をやってきていますから、教科教育をやっている先生たちと学びの共同体の先生たちの対立というのが、よく理解できなかったわけなのですよ。佐藤学先生はもう大先生ですから、言外に無視している。教科教育をやってきている人は、佐藤学先生は大先生なわけだから攻撃はしないのだけれども、でもね、黙ってそのまま従来通りの教科教育法の授業研究をやっている。
あと私もね、佐藤学さんが指導している学校を見に行って、それから何年かしてからね、またその後どうなっているかと思ってその学校に電話をかけるわけですよ。そしたらね、「いやもう、うちは学びの共同体やっていません」っていう風に言う学校が結構あるのですよね。佐藤さんは学びの共同体はそう簡単に崩れないって本で書いているのだけれども、私が見るところね、結構揺れ動いている学校が多いなと。つまり、現場の方はね、対立しているわけですよ。やはり、どっちの方で授業研究をやった方がいいかって。これをどう理解するかなのですね。で、これ両方要るよねということになってきたのですね。

図3

両方の視点を大切にするために:技術的リフレクションでなく批判的リフレクションを

教科教育法で特に私が気に入っているのが、澤井さん(※3)という、社会科の調査官、視学官をやって、大学の先生になっている人がいるのですけれども、その人の授業研究論が2冊ほど出ています。

※3 澤井陽介 国士舘大学教授、前文部科学省視学官。専門は教科教育法・授業研究論。近著に『できる評価・続けられる評価』(2022)、『教師の学び方』(2019)、『授業の見方』(2017)、『澤井陽介の社会科の授業デザイン』(2015)ほか著書多数。

読んでみると、教科教育法を書いているのだけれども、結構子どもの姿をいっぱい書いているし、教師集団に対する配慮もあるし、というようなことでね、つまりよくできている学校というのは、両方の視点が合わさっている学校だという風になる。石井英真さんと私が対談した時には、結局佐藤学論でやっている学校も、教科教育法でやっている学校も、うまく流れている学校は実践としては極めて似通っている。佐藤学論というのは、そのうちのこっちの縦軸の方だけ(組織文化)を強調して言っているだけだと解釈した方がいいのではないかということになるのですよ。
ただし、この両方が大事ですねと言うだけだと、みんな「でもこれ全部やらなくちゃいけないという話になるのですか」ということになるのですね。要は、「どうやったらいいのでしょうか」というような質問が来るわけですよ。もう私は授業研究で学校に入る度に、この質問はなんで来るのかなという風に思い続けてね、そこでリフレクション3段階に思い至ったわけなのですね。つまり、「教えてください」というのが技術的リフレクションなのですね。そうじゃなくて、「主体的・対話的で深い学び」を目指していきましょうというのは、技術的リフレクションじゃないわけですよ。主体的・対話的で深い学びという言葉が求めているのは何かというと、簡単に言えば批判的リフレクションです。育てる子ども像をイメージして、その子ども像を達成するために、自分の教科ではどういうカリキュラムで教えていくということを考えていく。つまり、カリキュラムマネジメントで期待されているような思考法というのが、批判的リフレクションになる。そういう話を最近はね、田村知子さん(※4)とやっているところです。批判的リフレクションを目指すのが大事なのだと。

※4 田村知子 大阪教育大学大学院(連合教職実践研究科)教授。専門はカリキュラムマネジメント、教員研修、学校経営。著書に「カリキュラムマネジメントの理論と実践」(2022)、「カリキュラムマネジメント―学力向上へのアクションプラン」(2014)ほか。

批判的リフレクションとは

批判的リフレクションというのは具体的に言うと、カリキュラムマネジメントであったり、指導案検討であったりするわけです。指導案には必ず単元の目標、教科の目標が書かれているわけですよ。そして、育てる子供像というのも書かれているわけです。日本の指導案のフォーマットってよくできているもので、批判的リフレクションを促すためのフォームであるという風に言えるわけです。
というところまでは本の中に結構書いたのではないかと思うのだけれども、今度は「批判的リフレクションをやるのにどうしたらいいか」という話になるのですね。そうすると、本人のやる気である「エージェンシー」というのが大事になりますね(図4)。

図4

この三角形(教師のリフレクション/教師のスキル・コンピテンシー/学校の組織文化)はアンディ・ハーグリーブス(※5)という研究者の、「プロフェッショナルキャピタル」という考え方を入れて作っているのだけれども、先生たちで協議する時には、力量の高い先生が参加していたら協議が深まるというのがあるのですよね。その時に、力量の高い人間だけで議論しますかというと、そうじゃないわけです。うまく流れている学校ほど、みんな仲良くやっているわけですよ。というのが組織文化。これを、ソーシャルキャピタル(社会的資本)というふうに言うわけね。こっちの方(教師のスキル・コンピテンシー)は、ヒューマンキャピタル(人的資本)。こっちの方(リフレクション)が、ディシジョナルキャピタル(意思決定資本)という風に言っているのだけども、それぞれみんなの視点が大事だということなのですよ。

※5 アンディ・ハーグリーブスAndy Hargreaves 教育学者。オタワ大学教授。学校や教師のエージェンシーを尊重する施策に取り組む教育改革の必要性を主張する。

これ(図3)でみんなの視点が大事だということと、この三角形(図4)は同じことを言っていてね、(図3の)こっち(横軸)がヒューマンキャピタルでしょ。こっち(縦軸)がソーシャルキャピタルでしょ、こっち(斜め矢印)がディシジョナルキャピタル。この図(図3)とこの図(図4)は本質的に一緒なのですね。じゃなんでこの三角形の図にしているかというと、リフレクション3段階論とエージェンシーの考え方をわかりやすく一覧の中に入れるとこうなるかなと。

リフレクション3段階論からエージェンシー論へ:校長のリーダーシップの重要性

最近私がずっと読んでいるのは、もうリフレクション3段階論ではないのですよ。皆さんは、私にそちらの方を聞きたいと思って、この場が設定されているのだけれど、私が最近目指しているのは、エージェンシー論なのですよね。

図5

エージェンシー論は、書かれているのはほとんどが英語の文献だから、ちょっと苦労するのだけれども、例えばこの三重円構造(図5)って、エージェンシーの現実的な状況をうまく表していましてね。エージェンシーというのは簡単に言えば、我々が生きている上で、仕事をする上で色々と規制があるわけですよね。行政の規制があったり、校内の規制があったり。お集まりの皆さんも、校長先生と対立するっていうことはあるだろうし、教育委員会に対していい印象を持っていないという人もいるだろうしね。それに対して、自分がどうやって主体的に生きていくかというのがエージェンシーなのですよ。エージェンシーが莫大な先生がいて、そういう先生はこの緑のところ(中心円)が、これぐらい(二重目の円の外側)になってしまうのですよ。学校のエージェンシーを超えてしまうわけ。強い人は、もう自分で勝手にやってしまうわけ。学校自体を自分の色に染めてしまう。ところが、普通の人はそうではないのですよ。校長に管理職に規制されて、縮こまって生きていかなくちゃいけない。ところが、いい校長がいる学校だと、職員がみんな伸び伸びやりだすのですね。住田昌治さん(※6)の学校のようなイメージです。

※6 住田昌治 学校組織マネジメントやサーバントリーダーシップ、働き方の研修講師や講演、記事執筆等を行い、元気な学校づくりで注目されている。主な著書に「任せる校長ほどうまくいく!できるミドルリーダーの育て方」(2022)、「カラフルな学校づくり:ESD実践と校長マインド」(2019)ほか。

そういうサーヴァント的なリーダーシップを発揮する校長の元だと、この緑(中心円)が拡大します。ほとんどの人は、個人の力はそれほどでもないのです。所与としてのエージェンシーは小さいから、管理職がエージェンシーを発揮させるように仕向けないといけませんねということなのですよ。
では管理職は普段どういう考え方かというと、こういう指導法でやらせないといけないという風にね、抑え・押し付ける・伝える管理職が多いわけですよ。それではリフレクション3段階での技術的リフレクションで考えている、ということになるのだけれども、管理職としても、批判的リフレクションを目指しましょうとなる。

図6

あとはどうやって、リフレクション、エージェンシーを拡大していってもらうかというと、この図は(図5)先ほどの三角形(図4)の中のヒューマンキャピタルを取って、ディシジョナルキャピタルとソーシャルキャピタルだけを取り出したのだけれども、それに対して校長のリーダーシップが与える影響が大きいですよということを示している図なのです。
先生たちのエージェンシーを大きくして、リフレクションは技術的リフレクションに陥りがちな教師の思想を、批判的リフレクションに上げていきましょうと。それをやる上で、校長のリーダーシップはすごく大きい。なので、校長をどうやっていけばいいかというのが最近の私の関心になっているのですよ。所属職員のエージェンシーを増大させる校長のリーダーシップはどういうことなのだって。そこで例えば住田昌治さんは、自分みたいな「任せるリーダーシップ」をやったらいいという風に言うのだけれど、任せるリーダーシップがいいという言い方自体が技術的リフレクションなのですよ。それを校長に、批判的リフレクションを促させるようにするためにはどうしたらいいか。だから私も、今日この2時間の中で、皆さんのリフレクションを批判的リフレクションまで高めたいと思っているのですよ。
というのが、最近私が考えていることです。私からのプレゼンは以上です。

まとめ

以上、千々布先生からのレクチャーをお伝えしました。主体的・対話的で深い学びの実現には「学習者」の視点と「授業者」の視点の往還が重要であることや、「学びの共同体」と「授業研究」のそれぞれを深め、つないでいくものとしてのリフレクションの位置づけ、そして「教えてください」に陥りがちな現場に対する問題意識として見出されたリフレクションの3段階論、そこから現在のエージェンシー論や校長のリーダーシップへの注目へ、という風に、千々布先生の著書を貫く問題意識や思考の道筋が鮮やかに示された素晴らしいレクチャーでした。
次回からの記事では、ディスカッションパートを3回にわたってお届けします。千々布先生からは「皆さんのリフレクションを批判的リフレクションまで高めたい」とおっしゃっていただきましたが、千々布先生と参加者のディスカッションを通じてイベントの場が揺れ動いていく様をダイナミックに(!)お届けしていきます。どうぞお楽しみに!

(MAWARUリフレクションメンバー 執筆:生井)

【千々布先生イベントの記事】
# 4 -1 :リフレクション3段階論からエージェンシー論へ(本記事)
# 4 -2 質疑応答とディスカッション(1)(公開後リンクします)
# 4 -3 質疑応答とディスカッション(2)(公開後リンクします)
# 4 -4 質疑応答とディスカッション(3)(公開後リンクします)

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