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オーバートレーニング症候群

東京オリンピックも残りわずかとなってきました。

選手たちは過酷な準備を経て本番に挑んでいますが、国や競技団体を代表し、選手キャリアをかけて、挑まれています。

選手をとりまく報道の中で、「オーバートレーニング症候群」について、いくつかの記事が出ています。

疲労は精神的なものと肉体的なものとに分ける事が出来ます。しかしながら、精神的な疲労(mental fatigue)は、認知機能(思考や判断の処理能力)やスポーツのパフォーマンスに影響を与える事は様々な研究で報告されています(感覚的にも納得されるかと思いますが)。フランスではパリオリンピックへの強化の一環として、アスリートのメンタル面への研究に力が入れられているぐらいです。

さて、本題の「オーバートレーニング症候群」ですが、単一の病気や症候群ではありません。しかし、アスリート(スポーツ選手)の中で、特徴的な症状を呈するケースは決して稀ではないことから、症候群、として捉えて予防・治療・支援が必要と考えられています。

実際のオーバートレーニング症候群の診断は極めて難しいです。
身体的疾患を除外していき、スポーツへの過度な取組が原因と考えられる時に、慎重に診断がなされます。

通常、パフォーマンスの向上には、トレーニングや試合での負荷をかけることが有効ですが、適切な休息と回復の期間を取る事が大切です。
 オーバートレーニング症候群の前段階として、オーバーリーチング(over-reaching)があります。これは、回復に数日から数週間の休息を要する段階です。ここを超えてしまった状態をオーバートレーニング症候群と判断していますが、オーバーリーチングとオーバートレーニングについては、連続性があります。そして、発症要因には「心理的・社会的ストレス」が大きく関与していると考えられています。

症状としては
疲れ易い(易疲労性)、うつ気分、脈拍数の変化(動悸、頻脈、徐脈)、モチベーションの低下、睡眠障害、イライラ、高血圧、落ち着きの無さ、食欲不振・体重の減少、集中力の欠如、筋肉の張り、不安、目覚めの不良
などが挙げられています。

お気づきの方もいらっしゃると思いますが、実は、殆どがうつ症状・うつ病で説明がつく症状です。
この中で、一般的なうつ病で、それほど見られない症状としては、「徐脈」と「筋肉の張り」ぐらいですが、うつ病では「肩こり」「腰痛」が悪化することは良く知られており、オーバートレーニング症候群に特異的ともいいきれません。
 Jリーグで長年活躍された双子のサッカー選手、森崎和幸(2018年引退)・森崎浩二(2016年引退)の両選手は現役期間中、オーバートレーニング症候群で悩まされたと報道がなされていましたが、実態としては「うつ病」であったと、両名の書籍「うつ白~そんな自分も好きになる~」(2019年)で告白されています。

原因としては複数のメカニズム(サイトカイン仮説、ストレス性ホルモン仮説、etc)が考えられていますが、おそらく、重複しているケースが多いと思われます。ただし、それぞれ、うつ病の原因仮説としても有力なものであることも、留意すべきです。

ストレスのDCSモデルの解説記事も改めて読んでいただければと思いますが、Demand(要求度・負荷)がかかるとストレスが強まります。
オリンピックのような4年に1度の大会や、激しい競争、そしてコロナ禍での延期や中止などの状況は、アスリート個人でコントロール出来るものではありませんので、自ずとContorolできる度合いが低くなり、ストレスは強まります。
Support(サポート)があれば、ストレスは緩和されますが、周囲の期待は時にアスリートを、さらなる努力と緊張の日々へと追いやります。

また、オーバートレーニング症候群はトップアスリート以外のアスリート(学生スポーツ)でも生じる事が知られています。
2018年3月にスポーツ庁から出された「運動部部活のガイドライン」にて、中高生への過負荷を防ぐこと、適切な休養を取る事が主眼として、基準を設けられています。残念ながら、遵守されていないケースも多数目にしたり耳にしたりしますが。

本記事では、「治療」については、触れません。
大切なのは「予防」だと思うからです。
「オーバートレーニング症候群」ないし「うつ病」になると、月単位、年単位の治療を要するようになります。限られたキャリアの中で、そのような時期を過ごす事は、アスリートのキャリアを左右する出来事でしょう。「治療」ではなく、「予防」をこころに留めてほしいです。
勇気をもって、休む事、身体面も心理面もともにスイッチをオフにすること、を選択肢の一つとしてもっていただくこと、信頼できる人を探して話すこと、が予防になるでしょう。

ただ、どうしても、「オーバートレーニング症候群」ないし「うつ病」におちいったとすれば、適切な支援・治療を受けて頂きたい、そして周囲もそれを後押ししていただければと思います。

最後となりますが、勝敗や成績とは関係なく、限界へとチャレンジしているアスリートへのリスペクトを忘れず、応援したいものです。

参考文献

Jeffrey B. Kreher, MD,and Jennifer B. Schwartz, MD. Overtraining Syndrome: A Practical Guide. Sports Health. 2012 Mar; 4(2): 128–138.




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