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150日分の親孝行

爽やかな風に運ばれて、今年の6月はやってきた。
晴れ渡る青空。仕事は休み。少し遅い家庭菜園が始まった。



6月1日

午前9時、二人は玄関の真裏にある庭へ行き、5畳くらいの地面を剣先スコップで掘り始めた。掘っては掘り、掘っては掘ると、地面は畑の体を成していく。

僕はホームファーマー見習い。こちらの畑を担当して今年で2年目。

頭領は、71歳のじいさん。呼吸器を患っているので、あまり激しい作業はできない。剣先スコップを二三振るうだけで、フウフウと肩で息をしている。それでいて口だけは達者なので、あーだこーだとやかましい。


ざっくりと耕したら、肥料と石灰、それに種を買いに二人でホームセンターへ。
肥料や石灰にもいろいろ種類があってそれぞれ性能が違うんだねぇ、などと駄弁りながら、どれをどれくらい買うか品定め。
種は「春ゆたか」という大根を買った。なんか演歌歌手の名前みたいだな、と思った。

ついでに、頭領の長ぐつ、僕の軍手と靴下を購入。さらに頭領は、自動販売機でジュースを奢ってくれた。メロンソーダなんて久しぶりに飲んだが、思った以上に味がメロンメロンしていた。美味い。
頭領が飲んだのは缶コーヒーだった。その銘柄は、僕が中学生のときテスト勉強の眠気覚ましにと飲んだ、思い出のブレンドだ。もっとも、お子様な舌だった当時はクソ不味く感じたので、そのまま捨ててしまったが。罰当たりも甚だしい。


家に帰り、作業の続き。

買ってきた石灰をぶわさっと撒く。こげ茶色の土に真っ白な有機石灰が降りかかると、まるでガトーショコラみたいだ。それから、土と石灰が混ざるよう、再度土を掘り掘り。

さらに、その上から肥料をどさどさと入れ、土&石灰と一緒になるように混ぜ混ぜする。今度はココアパウダーみたいだ。
だがくさい。牛ふんだもんね。そりゃあくさい。それにしてもくさい。めっちゃくさい。あまりにもくさくて、2回くらいえずいた。

今日の作業はここまで。



6月2日

翌日、午前9時を少し過ぎた頃、二人は再び家の真裏にやってきた。昨日と同じような清々しい天気。
今日は、うね作りだ。

うねが6本になるように、配分を考えながら剣先スコップを働かせる。1年目である昨年、頭領にガミガミいわれてトホホしながら耕していたことを思い出す。
だが、経験があるというのは、大きな進歩。(昨年に比べると)手際が良かったらしく、今年は60点をもらった。プレバトでは凡人扱いだが、とりあえず及第点だ。

後は、粗い土の塊を細かく崩していく。

作業中、頭領がポツリとつぶやいた。

「来年は、もう動けないかもしれんな」

でも口だけは動くんでしょ?と僕が軽口を叩くも、「いや、きっと口も動かせんくなる」と頭領。

俄然さびしさを感じたのは、初夏の風が冷たかったからではなかった。



僕が二度目の退職をして実家に戻ってから、およそ1年と5か月が経った。

もし、あのまま仕事を続けていたら、実家に帰省する期間は何日分なのだろう。彼とこうやって一緒に過ごす時間は、どれくらい残されているのだろう。そんなことをふと思った。

計算してみる。

僕の場合、GWゴールデンウィーク、お盆か9月の連休、年末年始くらいしか帰省しない。それも、連休の間びっちり実家にいるわけではないから、せいぜい年15日くらいだろう。

彼は71歳。日本人男性の平均寿命は約81歳。考えたくないが、後10年くらいしかないのだ。

もし、あのまま仕事を続けていたら、
年15日×10年=150日
150日しか会わないことになる。

150日は約5か月。
僕が実家に戻ってから約1年5か月。
ああ、この一年間は、もしかしたら僕らが一緒に過ごせなかった時間だったのかもしれない。

僕は、“普通に”働けなくなり、実家に寄生している。そのことを快く思わない人もたくさんいるだろう。というか、それが大半だろう。
しかし、フルタイムで働かない分、家族で過ごす時間が増えた。おかげで、150日を優に超える日数、家族と一緒にいられた。

僕らが一緒に過ごせる時間は、思っている以上に短い。その時間の多くを割くという意味では、僕は僕なりに親孝行をしているのだと思っている。


人の一生をどうこうすることなど、誰にもできない。それでも、この老人とのささやかな生活が少しでも長く続くことを、僕は心の底から願ってやまない。




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