押せないインターフォン(恋模様2年1組#11)
出席番号4番 江森カイト
「相田は、まだ出てこないのか」
先輩の声に、僕は足を止めた。先輩は月に数回だけ、大学からコーチとしてやってくる。
「えぇ、なんだか体調が悪いみたいで」
「そうか。残念だな、あいつも結構いい線いってたんだけどな」
あの日、僕は相田を傷つけた。ファミレスでの僕の言葉が、相田の何かを壊してしまったのは確かだ。
「気にすることないんじゃないの?」
リカは、そういっていつも僕を慰めてくれる。
「それより、今度のテニスの練習試合、カイトの高校とやるみたいなの」
リカと付き合って1年が経つ。相田と一緒に、部活の先輩に無理やり誘われたカラオケで出会った。遅れて来たリカは、周りの女子とは少し違って大人びて見えた。最初はたじろいだが、壁がない気さくな人柄に、僕はすぐに惹かれていった。
それからしばらくして、僕たちは付き合いだした。部活の連中には付き合っていることを内緒にしている。それは、うちのテニス部とリカのテニス部が、長年ライバルの関係だからだ。
付き合った当初、リカは、なかなか通っている高校を教えくれなかった。不思議に思っていた矢先、大会でばったり遭遇した時は、驚きを隠せなかった。
強豪校の暗黙のルールがある様に思えた僕たちは、二人だけの秘密を作ることにした。ダメだとわかっていればいるほど、ロミオとジュリエットみたいで、むしろ僕たちはこの状況を楽しんでいた。
でも、一人だけ、どうしても伝えたい人がいた。相田には嘘をつきたくない。相田とは、中学時代からの親友だ。内気だった僕を変えてくれたのも相田で、テニスに誘ってくれたのもあいつだ。いつも一緒で、何かあれば、いつも相田が僕を守ってくれた。
「彼女ができた」
ファミレスでそう打ち明けた時、相田の表情が変わった。きっと喜んでくれるだろうと期待していたのに、相田は、少し間をおいて、
「別れた方がいい」
と言った。
「どうして、やっぱりライバル校だからか」
相田は、黙ったまま、下を向く。
「このままじゃいけないのか。ずっと一緒に…、このままで」
泣きそうな表情の相田は、絞り出すようにそう呟いた。
相田の異変に気付いたのは、しばらくして僕が少し冷静になってからだ。あの時の僕は、混乱していた。そして、こう言ったのだ。
「お前、おかしいよ」
あの時の、相田の顔が忘れられない。俯いて、ふっと息を吸い込んだあいつは、少しだけ口角を上げて笑った。
「そうだな。俺、おかしいよな」
次の日から、相田は学校に来なくなった。会いに行こうと家の前まで足を運んだけれど、インターフォンを押せないでいた。多分、まだ僕は、相田を理解できていない。どんな言葉をかけるべきか、僕はどうしたいのか。また、あいつを傷つけてしまいそうで、僕は怖くなった。
ねぇ、相田、もう一度話をしよう。僕が言えることは、まだこれくらいしかない。
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