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クロスボール#19

前回(第18話 靴ひも)のあらすじ…
8チームによるトーナメント戦で行われる新人戦。1試合目、ハルトからレギュラーを勝ち取ったユウマの泥臭いシュートで、なんとか勝利したチーム。優勝を目指して、次の2試合目に挑むチームだったが…

第19話 夕暮れ

 2試合目の東谷川中学は、補欠と合わせてたった12名しか登録されていないチームだ。昨年も一回戦で敗退しており、今年、2回戦に勝ち上がってくるとは正直、予想外だった。東谷川中学の監督は、ベンチから笑顔で坂田に頭を下げた。

「余裕だな」

「そうだな。さっさとやっつけてやろうぜ」

 ダイチの言葉に、ユウマは首を横にふった。

「違うよ。あっちは勝利を確信している。見てみろ」

 ベンチには、タブレットを膝の上に乗せ、帽子を深く被る車椅子の少年がいた。その少年を囲むように選手たちが円陣を組んでいる。

「データで勝負ってか」

「あぁ。きっと彼があのチームの頭脳なんだ」

 ユウマの言葉通り、三坂中学のプレーはことごとく潰されていった。思うようにプレーできないことで、ベンチからも焦りの声が聞こえていた。窮屈な試合展開に、ピッチ上のチームメイトを次第に苛立ちを隠せなくなっていった。すると、しびれを切らしたダイチが競り合った瞬間、強引に相手のユニホームを掴んで倒してしまった。イエローカードが出される。坂田は、ベンチからスッと立ち上がると、審判に交代を告げた。

「何やってんだよ」

 ダイチは、申し訳なさそうに空を見上げた。ユウマがすぐに駆け寄り、声をかけた。名前を呼ばれたのはケイシではなく、1年生のユウキだった。

「行って来い」

「はい」

 呼ばれたユウキも、驚いた表情をして立ち上がる。ハルトが、緊張をほぐすようにユウキの背中を叩き、喝を入れた。ダイチは、悔しそうに歯を食いしばったままベンチに戻ってきた。坂田は、ダイチの頭を優しく2回叩くと、そのままじっと試合の行方を見守っていた。

「お疲れ」

 ダイチは、ケイシの言葉には何も返さなかった。

 東谷川中学の監督は、変わらず大きな手を何度も叩きながら、笑顔で選手に声援を送っている。車椅子の少年は、その横で帽子を深く被ったまま、タブレットを見つめていた。

 三坂中学のロングパスが、大きく左にずれてコートの外に出た。その時、突然、強い風が吹いた。ピッチ上の選手たちも砂ぼこりに目を覆う。審判も、一呼吸置いてから笛を吹いた。東谷川中学のベンチに目をやると、車椅子の少年の帽子が、強い風で飛ばされてしまっていた。監督がすぐに拾い上げる。帽子を受け取ろうとしたその瞬間、車椅子の少年の顔がはっきりと見えた。

「あいつ……」

「え?」

 ダイチが、ケイシの声に反応して顔を覗き込んできた。

「ハルト、あいつは」

 ハルトは、静かに頷いた。

「マコトだ」

「え?誰?」

 ダイチが不思議そうにケイシとハルトの表情を読み取ろうとしていた。

 小学4年の秋に転校してきたのが、マコトだった。身長も小柄で、どこか力のない印象を受けた。そんなマコトがサッカー部に入ると聞いた時、ケイシは驚いていた。グラウンドに立った時、今のハルトと同じような感じがしたのを覚えている。グラウンドの風が変わる。そんな感じだ。小柄なマコトを止められるヤツはいない。マコトは、すぐにチームのエースとなった。ハルトは、そんなマコトの背中を、いつも泣きながら追いかけていた。マコトに勝ちたくて、ケイシはよくハルトの練習に付き合わされていた。

「知っていたのか?」

 ケイシの問いかけに、ハルトは何も言わなかった。とうとう、一度もマコトに勝てないまま、父親の仕事の関係で、小学5年生の冬に転校してしまった。事故にあったらしい。もう歩くことができない。そんな話を母から聞いたのは、それから少し経った頃だ。ここから見えるマコトの顔は、あの頃と何も変わっていないようにも見えた。

 前半は、0対0のまま終わってしまう。息を切らしたユウマも、思い通りに進まない試合展開に少し焦っているようだった。

 坂田は後半、ユウマのポジションを1つ下げると言ったが、トップには、ハルトの名前は呼ばれなかった。

「ショウでいく」

 坂田は、また1年生の名前を呼んだ。ショウの抜擢は、去年のハルトと同じものだ。ダイチもケイシも皆、一瞬だけ複雑な表情を浮かべた。どうして、ショウなのか。チャンスを与えられた後輩達は、それぞれ手を叩きながら鼓舞しあっている。先輩たちが去年感じたのは、きっとこんな気持ちなのかもしれない。キラキラ輝いている後輩たちの姿が霞んで見えるほど、汚れた嫉妬心が今にもこみ上げてきそうだった。

「勝つぞ」

 ユウマが、力強く声を出した。応援しろ、同じチームだろうと、ユウマの心の声が聞こえた気がした。

 初めての公式戦、後輩たちの顔はプレッシャーに負けてしまいそうな表情をしていた。ハルトがユウマに何やら耳打ちをする。ユウマは、ゆっくりと頷いた。

 後半開始の笛が鳴る。会場から、もいつも以上に大きな声援が飛んでいた。

 試合は、硬直状態が続いた。東谷川中学の守りが固く、なかなか崩せないのだ。PK線に持ち込まれれば、経験の少ない今のメンバーではきっと不利になる。ケイシは、そんな気がしていた。

「東谷川中学、ここ最近は、ほとんどがPK戦で勝ち上がってきている」

 坂田が口を開いた。

「面白くなってきたな」

 ハルトは、相変わらずじっと耐えているように見えた。マコトは、そんなハルトの心をどこか見透かしているように、冷めた表情をしている。

 チームは動きが固い。皆、体が重たいのか、ミスも続いていた。すると、相手の選手交代で、試合が中断したのを見計らったように、ハルトが大きな声で叫びだした。

「どうせ俺がいないと勝てないんだろう!下手くそが」

 その言葉を聞いたユウマが、珍しくハルトに向かって叫び返した。

「ふざけるな!お前がいなくてもやってやるよ」

 審判がユウマに駆け寄る。注意を受けたユウマは、何もなかったかのように笑顔で審判に頭を下げた。

 ユウマの声を聞いた後輩たちの表情に、力が入ったように見えた。坂田は、そんなやり取りを、ただ笑みを浮かべて見ていた。

 笛が鳴る。すると、闘志をむき出しにしたチームメイトの姿が、そこにはあった。東谷川中学ではなく、ハルトへぶつけるかのように、後輩たちは果敢に攻めていった。

 後半34分、ダイチの代わりにチャンスをもらったユウキが、プレスをかけ、ボールを奪った。ユウマがパスを受けとると、飛び出したショウに向け、ロングパスが出る。

 この1球で勝負はついた。抜け出したボールに合わせるように、ショウがシュートを放つ。お手本のようなきれいなシュートがゴールネットを揺らした。ベンチに入れなかった後輩たちも、手を突き上げて歓喜する。

 東谷川中学のベンチでは、マコトがタブレットを見つめたまま、表情一つ変えることをしなかった。

「次は県大会の予選で。次は負けないよ」

 マコトは、ハルトに向かってそういうと握手を求めた。

「あぁ。俺らだって負けない」

 ハルトは、しっかりとその手を握り返していた。

 わざと言い返すように仕向けたのは、ハルトだったと聞いたのは、帰りのバスの中だ。ハルトは、音楽を聴いたふりをしているのか、目を瞑ったまま眠っていた。ユウマは、そう話すと、後輩たちにも丁寧に誤解を解いて回っていた。

 空はもう、夕暮れに染まっている。チームメイトたちは、誰もが自信に満ちた表情をしている。ケイシは、窓の外を見つめながら、自分は今日の試合で、いったいチームの

為に何が出来ていたのだろうと、複雑な感情を抱いていた。勝利を噛みしめているチームメイトとは違い、何もできない自分が情けなく、揺れる気持ちを抑えることで、ケイシは精いっぱいだった。

第20話 決勝


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