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【企画】あなたのための小説、書きます|第三弾、虹倉きり様からのお題『朗読』|

こんばんは、樹立夏です。
初めての企画、「あなたのための小説、書きます。」シーズン1。
ありがたいことに、定員の先着3名様からお題を頂くことができました。

第1回目、ピリカ様からのお題で書いた作品がこちらとなります。

第2回目、オラヴ153様からのお題で書いた作品がこちらです。

そして、今回は、虹倉きりさまからのお題、「朗読」となります。
エッセイや小説の執筆と、朗読をされているクリエイター様です。
朗読の企画も多数実施されております。

その朗読を拝聴し、今回の作品を作りました。
タイトルは、「言の葉」です。

それでは、本編をどうぞ!

***
僕はいつものように、放課後の音楽室で、窓辺に置かれたピアノの蓋を開けた。先生の許可は取ってある。少し埃っぽい、いい匂いが漂う。

僕は、声を出せない。僕の声帯は、小さい頃に患った病気のせいで、全く機能しない。だから僕は、声を使って話すことができない。そのせいだろうか。いわゆるいじめというものかもしれない。僕は、高校二年のクラスで孤立していた。だけど、平気だ。父さんも、母さんも、妹も優しくしてくれるし、兄さんのようなピアノの先生とは、なんでも話せる仲だ。何より、僕の大好きな友達、ピアノがいてくれる。小さな僕の世界を、僕自身、気に入っているのだ。

今日は、次のピアノコンクールの課題曲、ベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴」の練習をしよう。第一楽章から弾き始め、甘美で残酷な、ベートーヴェンの世界観にどっぷりとつかっていく。第二楽章は、Adagio cantabile。ゆっくりと、一音一音を歌うように味わっていく。

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし 猛きものもついには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ」

美しい川の流れのような、淀みない声で、誰かが突然声を上げた。凛とした、意思のある声だ。

——何?

振り向くと、そこには、隣のクラスの深川茉莉がいた。僕の顔面に大量の疑問符が貼り付いていたのだろう。深川は「あぁ」と言って、僕の隣に立った。

「放送部の村山先生から、音楽室の使用許可を取ったの。だから、好きなだけ朗読の練習をしようと思って」

僕は、ひとつ頷いて、ピアノの蓋を閉めようとした。音楽室の使用予定が、重なってしまったのだ。家にもピアノはある。深川に場所を譲ろう。

「え、ちょっと待ってよ、森直樹」

深川が僕の腕を掴んだ。ずいぶん久しぶりに、フルネームで名前を呼ばれた。

「弾いてよ、ピアノ」

僕はポケットからスマホを取り出し、筆談を試みることにした。

『どうして?』

「だって、ピアノがあるのとないのとじゃ、気持ちの入り方が違うのよ。もちろん、ニュース記事を読むときみたいに、感情を入れずに淡々と読んだ方がいい場合もあるけど、今回の練習は、朗読コンクールの課題の、物語の朗読だから」

「さっきの曲、悲愴ソナタの二楽章だったよね? なんかさ、平家物語の祇園精舎が似合う気がして」

『ベートーヴェン、好きなの?』

「まあ、好きっていうか、知ってる程度」

『僕もピアノのコンクール、出るんだ。悲愴ソナタが課題曲』

「へえ! じゃ、頑張んなきゃだね。いいよ、私、森にこの部屋、譲る」

『いい。僕が譲る。家にもピアノあるし』

深川は、不思議そうに瞳を見開いた。窓から入り込んだ陽が、彼女の瞳を明るい褐色に透かした。

「じゃあさ、森」

「一緒に練習しない?」

ぼくは少し考えて、スマホの画面に『いいけど?』と打ち込んだ。

「森の一番好きな曲って?」

『モーツァルトの、きらきら星変奏曲』

「やった! ケンタウルス、露を降らせ!」

深川は、文字通り飛び上がると、両手でガッツポーズをつくった。

「コンクールの課題、宮沢賢治なの。銀河鉄道の夜!」

深川は、目をきらきらと輝かせて、前のめりで言った。

「ねえ、弾いてよ、モーツァルト! 私、勝手にピアノに合わせて朗読するから」

僕は頷いて、きらきら星変奏曲を弾き始めた。小さい頃からずっと練習してきたこの曲なら、目を閉じても弾ける。夜空にきらめく、様々な色の星の光、時に陽気に、時に突然悲しく、曲は無邪気なモーツァルトの心をそのまま音に表したように進む。

深川は、台本を片手に、朗読を始めた。

——『みんなはね ずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ ザネリもね ずいぶん走ったけれども 追いつかなかった』

思わず、肌がぞくっと粟立った。水の底からふつふつと沸き上がってくるかのような声。深川の声は、カムパネルラそのものだった。

——線路のへりになったみじかい芝草の中に、月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。
『ぼく 飛び降りて あいつをとって また飛び乗ってみせようか』
ジョバンニは、胸を躍らせて云いました。
『もうだめだ あんなにうしろへ行ってしまったから』

天真爛漫で、どこか自信のないジョバンニと、不思議な闇を抱えたカムパネルラ。深川の声が、何色もの色となって、それぞれの人格を演じ分けている。

すごい。もしかして、深川はすごい人なんじゃないのか。僕は、気分が次第に高揚していくのを感じた。きらきら星変奏曲が、深川の声と融け合い、銀河鉄道は進んでいく。

——『けれども ほんとうのさいわいは 一体何だろう』
『僕もうあんな大きな闇の中だってこわくない きっとみんなのほんとうのさいわいを探しに行く どこまでもどこまでも 僕たち一緒に進んでいこう』

深川の声が、いっそう透明にきらきらと輝いた。

——『カムパネルラ 僕たち一緒に行こうねえ』
ジョバンニがこう言いながら振り返ってみましたら、そのいままでカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの形は見えずただ黒いびろうどばかりひかっていました。

僕は、自分でも気づかないうちに、泣いていた。
涙が、ぽたり、ぽたりと鍵盤を濡らす。
物語の最後の言葉を紡ぎ終えると、深川はすうっと息を吸った。ちょうどその時、きらきら星変奏曲の、最後の一音が鳴り終えた。

深川は天を仰いだ。彼女も、泣いていた。

「もう、頑張って泣くのこらえてたんだから。森、あんたのピアノ、すごいよ。銀河鉄道の夜に、ほんとぴったり」

深川は手で涙を拭うと、太陽のように笑った。

急いでスマホに打ち込む。途中で変な力が入り、入力ミスを何度も繰り返した。

『僕も、感動した。深川の朗読、すごくよかった』

スマホの画面をのぞき込んだ深川の髪が、さらりと音を立てた。

「森、本当にありがとう」

突如、深川が腕を組み、何かを考え始めた。

「ねえ、お互いコンクールが終わったらさ、学園祭で、コラボしない?」

思わず目を丸くした僕に、畳み掛けるように深川が言う。

「ピアノと朗読のコラボ! ぜったいうまくいくって!」

僕の心臓が、どくん、と脈打った。
僕がずっとずっと、欲しかったもの。ぼくの心の奥底に、縛り付けて見ないようにしてきたもの。それは……。

ゆっくりと、スマホに文字を入力する。

『僕の友達になってくれるの?』

深川は、じっと僕の両目を見つめた。永遠にも思える時間が、流れた。

「えっと、友達っていうか、仲間、だよね? もうとっくに」

——仲間。

仲間、仲間、仲間。

僕の視界が涙で霞んでいく。

『コンクールが終わったら、コラボしよう』

僕がこう打ち込むと、深川は、僕のスマホに、続けて打ち込んだ。



『一人じゃないよ』



<終>

***

虹倉様の朗読を拝聴したとき、川の流れのような、淀みない凛としたお声がとても印象的でした。もし、虹倉様が高校の放送部員だったら……と想像(妄想?)し、今回の作品に至りました。劇中劇として、平家物語と、宮沢賢治作の銀河鉄道の夜にも登場してもらいました。(いずれもオープンアクセスとなっております)

虹倉きり様、虹倉様のためだけに小説を書きました。ご覧いただけますと幸いです。

そして、改めまして、お題を頂き、本当にありがとうございました!

企画、「あなたのための小説、書きます」シーズン1はこれにて終了となります。どの作品も書いていてとても楽しかったので、ぜひシーズン2にも挑戦させていただきたいと思っております。

お題をくださった皆様、お読みいただいた皆様、本当に本当にありがとうございました!


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