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紀政諮「ハロウィン相談所」前編

 山のように積まれたお菓子。それに埋もれて幸せそうな息子。その笑顔を前にして、
「このお話を、ずっと読んでた」
 そう語りだした。

 昔々、貧民あふれる王都でのお話でございます。「トリックオアトリート!」と、ハロウィンでもないのに一年中お菓子をせがみ、代わりにちょっとした仕事を受け持つという商売が、貧しい子供たちの間で流行したんだそうです。使い勝手がよろしく、また、金でもないもののためにせっせこ働く子供たちが、かわいく、滑稽ですので、富裕層の娯楽にぴったり。次第に反響をよびました。ネックタイの裏にキャンディ。ポケットから顔をのぞかせるクマのクッキー。いつしか、王都を行き交う貴族はみな、お菓子を持ち歩くようになったそうです。
 そんなメルヘンな日常が、一年ほど続いた頃でございます。貧民たちをグループにまとめ、大きな仕事を受注する少年が現れました。貧民街、繁華街、城下町とを駆け回り、貴族から大きな依頼をうけ、少年少女は完璧に仕事をこなします。少年のアジトに積み上がっていく、お菓子の箱の山。その姿は、街の人の注目の的だったそうです。
 しかし時として、王権に反するような貴族のたくらみにも彼らは利用されます。少年はそんな仕事も知ってか知らずか引き受けていましたので、王様は激怒し、彼らを捕らえて島流しにする準備を始めました。
 そんな噂をきいて、少年少女は一計を案じます。「ハロウィンコンサルティングパーティ」という企画をたて、貴族たちにビラを配りました。その内容はこうです。
「人に話せない秘密の相談を、広い人脈のある私たちにしてみませんか? 期間は十月二五日から三一日までの一週間。ただし、必ずハロウィンらしい変装をしてくること! そして、期間中はそのモンスターの名前で呼び合うこと。誰がご来店したかすら、秘密にいたしましょう。私は狼男に変装いたしますので、そうお呼びください。お客さまの秘密は、この狼男がお守りいたします」
 お客さまの、と言われたからには、来店して「お客さま」にならなければ、いつ情報を横流しされるか、知れたものではございません。後ろめたい仕事を任せたことのある貴族の予約が殺到します。少年たちのアジトを足しげく出入りする、ゾンビ、吸血鬼、フランケンシュタイン。お菓子の山はにょきにょきとうず高くなっていきます。
 最終日、一人のミイラ男が訪れました。男は名家の息子で、少年のグループをよく利用していた、彼のファンです。
「やあ、狼男くん。君たちのお手伝いのおかげで、この人と繋がることができたよ」
 紹介されて、一人の魔女がお辞儀をします。彼女は国王の娘で、先日、ミイラ男と政略結婚をさせられたのでした。
「ちょっと花をえらんだり、居場所を突き止めさせたりしただけですよ。さあさ中へ。ミイラ男さんが最後のお客様ですし、ゆっくりしていってください」
 お菓子の箱で囲まれた、もはやお菓子の家とすら言える少年の家に案内されます。小さな小さな部屋の中、三人は談義を始めました。
「狼男くんはここで一人暮らしなのかい?」
「メンバーたちが家事の手伝いはしてくれますけれども、『家族』がいない、っていう意味ではそうですね。僕が小さいころ、お父さんは村の人に殺されて、お母さんは僕にご飯をくれないようになって、この街に僕一人できましたから」
「そうなのかい。何かと苦労をしているね」
「ここに集まった子たちは、みんなそんなもんです。無責任な大人に見捨てられ、八つ当たりされ、追いやられて、自力で生きようとして、けっきょく完璧にはできないから寄り合っている」
 紅茶を淹れながら、狼男の少年は語ります。
「こんな商売のやり方を提案して広めたのは僕なんですよ。初めての仕事を終えた後で思いついたんです。徹底的に、大人に『子供っぽい』ことをやらせる方法。それで、似た境遇の子たちに話を持ちかけました。メルヘンチックにばかにしてやろう! ハッピーハロウィ〜ン! ってね」
 カップを二人の前におき、ポットの紅茶を注ぎます。
「けれど、王様は僕らをつかまえて、冷酷な大人の世界の外側に引きずり出そうとしている。いやですねえ。僕らは僕らなりに、ただ生きようとしているだけなのに」
 ポットを持って立ったまま、狼男の少年は困った顔をしてみせました。
「けれど、黙って連れて行かれる気はないのよね」
 魔女が口を開きます。
「たくさんの子供を島流しなんて、いくら王様でも、貴族のネットワークに根回ししなきゃできない。そこを阻害すればコトは遅れる。そして、こんな企画をたてれば、反王国の色のある貴族たちと、もう一度話ができる。請け負ってきた仕事っていうカードもある。なんとか政治的な影響力を持とうとしたのかしら。大胆なことをするのね」
「まァ、つらい思いをしているのは君だけじゃないからなあ。俺のような君のファンの貴族も、なるべく君たちを守ろうと努力はしているが、大人たちには君たちが自分勝手なわがまま連中にうつってる。これをいい機会と思って、成長してみせるしかないんじゃないかな。警官隊の奴らが攻めてくる前に」
「そう。奴らが攻めてくる前に」
 狼男の少年は、ポットを持って立ったままです。

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