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紀政諮「ハロウィン相談所」中編

 狼男の少年は、ポットを持って立ったままです。
「王女さま……いや、魔女さん、警官隊は明日にでも攻めてくる。そうですよね?」
 魔女がびくりと驚きます。
「他の相談者さんからいろんな話を聞いていて、だいたいわかるんですよ。……ミイラ男さん、もう遅いんです。だから、僕らは成長をやめることにしました」
 そういうと、狼男の少年はポットを窓の外へ放り投げました。陶器とガラスの割れる音がうるさく響きます。すると、仲間の子供たちがなだれ込んできて、またたくまにミイラ男と魔女を縛り上げてしまいました。
「ミイラ男さん、知っていたでしょ、奴らが攻めてくることを。だから今日来てくれた。最後にお説教しに来たのかな? 僕たちが子供だから。僕たちみたいなお説教の相手にして都合のいい子供が、明日にはいなくなっちゃうから」
「い、いや……俺はただ、最後に君の顔が見たくて」
「けれど、あなたは僕らに寄り添ったことはない。ただのお話として聞いて感動して満足して消費するだけ。僕らのことを好きになって、自分が心地よければそれでよくて、僕らの絶望を本当の意味で理解しようとはしなかった! 大人だから! 強者だから!」
「そりゃあまあ……言っちゃ悪いが、俺たち大人と君たち子供では経験の厚みに違いがありすぎる。それで同じ目線に降りないことを、理解しない、と言われちゃ世話ないさ。くだらないことで絶望してくだらないことをするのが子供のあはれってもんだ。子供は子供らしくバカなことやってりゃいいのさ、それを大人が面白いと思うからこそバカなことやれるんだから——」
 狼男の少年は、話を最後まで聞きませんでした。気絶させられたミイラ男はその場で寝かされます。
「……それで、私は人質?」
「……とりあえず、この辺にあるお菓子、好きなだけ食って、寝てください」
 翌日の早朝、狼男の少年は化粧のくずれた魔女をつれて外に出ます。
 そこには、バリケードがありました。のぼりかけの朝日に照らされて姿を現したそれは、ただのバリケードじゃあ、ありません。大人たちからせしめた、チョコレート、クッキー、クラッカー、カステラ、あめ、ラスク、それらの乱雑に積み上がったお菓子の山。お菓子のバリケードです。
「魔女さん……いや、王女さま。巻き込んでしまって申し訳ない。あなたは人質です」
 こうして警官隊と対決し、最後まで反抗するのが少年少女の意思でした。
「夢にまで見た……」
「……それは、望み? それとも、悪夢?」
 少年は何も語りません。
 登った、まんまるの朝日にむかって、狼男の少年は口を開きました。
「……Do you hear the people sing? Singing the song of angry men. It is the music of a people who will not be slaves again! When the beating of your heart, echoes the beating of the drums, there is a life about to start when tomorrow comes!」



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