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中古屋についた死の匂い

突然この世からいなくなってしまったものに対して、必要以上に意味を見いだしてしまうのが感受性というやつなんだろうか。どうなんだろうか。豊かな感性、そんな言葉を聞く度に考えてしまう。

昔、市の公民館の目の前に、とある中古屋があった。ブックオフのようなチェーン店では全くなく、店名はわからない。看板すら出ていない。壁に大きく『本』と書かれていて、横に『本・CDお売り下さい』と補足してあるだけだった。店内は真っ白で透けるような蛍光灯で照らされ、入口が小さいばかりにそこに何があるのかはよく見えなかった。両手の指で数えきれるくらい幼かった私にとって中古屋は謎に包まれた場所で、少し恐怖すら抱いていた。

たまに行くスーパーの帰り道で中古屋の目の前を通ることがあって、その時は決まって助手席側に中古屋があったから、窓の外を眺めていつも思っていた。中に入ってみたい、と。

まだ私は小さくて、目の前に現れるものすべてが新しく、それを一生懸命手に取ることが精一杯だった。だから、いわゆる懐古趣味がよく分からなかった。古いもの、昔のものという概念が十年も生きていない私にはまだ無かったのだ。だからこそ、気になった。人足の少ないあの場所が。

いつからか家族で買い物に行くことが無くなって、留守番ができるようになった頃、あの中古屋が大手スーパーに変わっていた。建物はそのままで、外壁のほとんどを占めていた『本』の文字が塗り替えられて。オープンセールの噂を聞きつけ、私の家族も行く予定を立てていた。
別に、なんとも思っていない。客が少なくて、誰も相手にしないような角地だから潰れるのもおかしくない。いつか無くなってしまうだろうな、本当はそう感じていた。はずだけど、悔しかった。小学生じゃなかったら一人で行けたのにな。
結局あの中古屋は名前も知らぬまま消え去ってしまった。

スーパーの店内は、思っていたより広かった。ここにCDや本やDVDの数々が埋め尽されていたと考えるとかなりの品揃えだったのではないか。でもきっと、今のほうが人は多い。商品ひとつにおける客の数は、中古屋のときより多く占めているだろう。いや、中古屋の頃店内に居た人たちは、客であって客では無かったのかもしれない。

スーパーになってから数年経ったが、今でも客足が絶えない。いかに食が生活と密接しているのかが分かる。それに比べて文学や音楽は…
そして私は中学生になり、音楽の趣向の幅を広げた。90年代〜2000年代のロックをサブスクで聴き、次第にCDで聴きたくなった。ただのCDではなくて、一度誰かの手に渡ったCDを。一度喪失を味わったCDを、自分のものにしてみたくなった。自分が無駄に生きてきた、非力だった幼少の頃の年月に、誰かの人生を上書きできる気がした。

なんて思っていたらつい最近、酒屋の居抜きでハードオフがオープンした。
マジで嬉しかった。ついに地元にやってきた。
失ったはずの中古屋が良質になって帰ってきた。
と同時に思った。

酒屋に足繁く通っていた人は居場所を失ったのかもしれない。名もなき中古屋を失ったあの頃の私のように。

そんなことないか。酒なんてどこでも売ってるもんな。
私はずっと思っていた。
ただの中古屋をずっと覚えている事で自分の自己愛を保っているんだろうな。私の感性すげー、ノスタルジー、イノセンス、そうやっていつも。

失ったものは失ったままでいい。
忘れてしまえばいい。早く。

国道沿いのブックオフでフジファブリックのCDを買い占めた。2000年代にリリースされたのがほとんどあった。小さなキズあり。地元のハードオフでは買わなかった。というか無かったから買えなかった。フジファブリックのCD、いろんなブックオフ行って探し回った。志村正彦はもういない。CDは探し回れても、志村正彦は探し回れない。

突然この世からいなくなってしまったものは、大抵代わりがきく。中古屋だろうと酒屋だろうと。人間は代わりがきかないから、忘れられない。意味もなく意味をみいだされてしまう。そうしないと忘れてしまうから。30手前で急死、生き急いだ、早熟の天才、そして神格化。何故死んだのか、陰謀論を唱えてしまう人もいるほど。

志村正彦が死ななかったら、どうだっただろう。
考えてはいけないことだ。
だってそんな世界どこにもないし、亡くなった事で獲得した(私のような)リスナーがいるんだから。死の匂いは強烈だ。時が経てば尚更。

助手席から見たあの中古屋の記憶には、死の匂いがこびりついてしまった。もう純粋な中古屋は思い出すことが出来ない。記憶は一人でやる伝言ゲームで、生きているうちにノイズが入ってしまう。

突然この世からいなくなってしまったものに対して、必要以上に意味を見いだしてしまうのが感受性というやつなんだろうか。2,000字近く書いても答えは出なかった。

今日もスーパーは繁盛、ハードオフはぼちぼち、志村正彦は本来の姿を死の匂いにかき消されたまま愛される。




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