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製薬R&Dは今—国内最大手製薬会社のDX担当者にインタビューしてみた―

今回は国内最大手製薬会社のDXに携わってきた山口勝さんにインタビューさせて頂きました。株式会社RITインターン生の大平朱莉が詳細をお伺いしていきます。

まず山口さんのご経歴を紹介します。

山口さん紹介 (2)

製薬業界の第一線でご活躍されていた方なのですね!

より詳細には、以下のような製薬会社R&DにおけるDX関連業務のご経験があるとのことです。

・武田薬品工業のグローバルR&Dにおいて業務系システムの刷新プロジェクトのITリーダーを担当
・アストラゼネカの日本国内のR&D領域のIT責任者を担当し、研究開発の生産性向上を目指した中長期のIT戦略を立案・実施、RPAの導入プロジェクトを企画

ご紹介が済んだところで、早速インタビューに移っていきたいと思います!
山口さん、よろしくお願いいたします!

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国内製薬R&Dの現状

大平:
まずは読者の皆さんにも身近な話題から。コロナワクチンの開発競争ですが、現在国内で接種が進んでいるワクチンが海外製であることから、国内企業は後れを取っているのかな、という印象です。国内製薬企業の現状や課題をお伺いしたいです。

山口さん:
そうですね、出遅れていると思います。現状として、①医薬品市場の変化と②薬の開発難易度の上昇が挙げられます。①に関しては、ここ10年の間で日本にリサーチの拠点を持っている外資系企業が随分少なくなっています。また、②かつて日本の強みであった「低分子」とよばれる領域はもう十分研究しつくされてしまいました。よって、国内での創薬のハードルはさらに高くなっており、かかるコストも非常に高騰しています。R&Dとしては、いかにコストを下げて、着想から承認申請までの期間を短縮できるか、が重要になっています。

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大平:
現時点で国内企業は具体的にどのような対策をとっているのでしょうか。また、それに関連した課題はありますか。

山口さん:
打開策として、国内の研究所が海外の研究所を買収し高度な人材を確保することがありますが、投資額を回収可能な買収かどうかの判断の難しさや、そもそも国内でなかなか人材が育たない点にも、課題があるように思います。

大平:
国内の製薬企業は厳しい状況にあるようですね。

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R&Dで注目されるビッグデータ・AI活用

大平:
ホワイトペーパーに記載されていたDX事例に、ビッグデータ・AIの活用が取り上げられていました。特に関心を持たれたビッグデータ・AIの活用事例には、どのようなものがありますか。

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山口さん:
まず一つは、ドラッグリポジショニングですね。
例えば、生命の危機に瀕しているがんと通常の風邪では副作用の許容度が大きく異なりますが、通常の風邪に対する薬としては副作用が基準値を超えてしまい承認されない成分でも、抗がん剤としては許容され、役に立てられる成分があります。
ドラッグリポジショニングとは、このように既存薬や開発途中の薬を活用して、当初想定していた疾患とは異なる疾患の治療薬として転用する開発方法を指しています。利点としては、0から研究開発に取り組む必要がないこと、安全性試験をパスできることによる開発コストの大幅削減が挙げられます。
ドラッグリポジショニングでは、学術論文や化合物データ、臨床データ等、膨大なデータを解析する必要があり、新たな効果を網羅的かつ効率的に探索するために、AIを活用できるのではないかと考えられています。

もう一つは、翻訳作業を始めとする薬事法対応の事務関連を自動化・省力化することで、drug lag(新薬承認の遅延)の防止に貢献できます
例えば日本の厚生労働省に対して、日本語の書類と英語の書類の両方が必要となります。テクニカルタームが多いため、従来は翻訳を行う専門部隊が存在していましたが、それもAIを用いれば、より素早く精度高く実施できるようになり、期間短縮になると考えています。

大平:
様々な視点からビッグデータ・AI活用の利点を探りたいと考えています。R&D部門にとって、患者にとって、どのような良いことがもたらされるとお考えですか。

山口さん:
R&D部門にとっては、研究開発の生産性を高めるための的確な投資判断が可能になると考えます。先程申し上げた通り、製薬会社にとってコストの削減と期間短縮は重要な課題です。そのため、投資金額に見合う研究開発ができるかといった判断をなるべく早い段階で行う必要があります
こうして生産性が上がっていけば、患者にとっても、良い薬がより早く手に届くようになり、助かる人が増えるのではないか、と考えます。

大平:
年々開発コストが上昇の一途をたどる製薬R&D部門にとって重要な観点ですね。ところで、データが貯まりやすそうに見えるR&D部門で、何故これまで活用が進まなかったのでしょうか。

山口さん:
確かに研究に関するデータは豊富に貯まっています。しかし、従来のデータ取得の目的は「薬を承認申請させる」という点に留まることが多く、別のものに活用させようとして取得することはあまりありませんでした。他部署と連携できる仕組みも構築されておらず欲しいデータの所在がわからないという状態も頻出していました。

大平:
データがあっても上手く活用しきれない理由があったのですね。
製薬R&D部門がビッグデータ・AI活用までの一連の取り組みを成功させるには、まず何から始めたら良いでしょうか

山口さん:
まずは自社内でどこがペインポイントになっているかを考えることが重要だと考えます。結局ビッグデータ・AIは手段にすぎないですし、他の手段で解決できるならわざわざこれらの手段に頼る必要はないです。自社の課題発見からアプローチしてみることですね。

大平:
「AIありき」ではなく、「自社課題ありき」で考える、ということですね。

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R&Dで注目されるDTx

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ホワイトペーパーにも記載されていたDX事例の一つに、DTxがありました。そもそもDTxとは何なのかRoland Berger社の見解を引用します。

デジタル療法(Digital Therapeutic:DTx)は、従来の医薬品や医療機器と同様に、臨床試験でその有効性と安全性が科学的に証明され、各国の規制当局から承認を受けたデジタル技術を用いたアプリ等の製品を指す。…病院外での患者支援や、人工知能を活用した新しい治療方法等をもたらすことで、治療の選択肢を広げ、結果として医療の質向上に貢献する。

大平:
ホワイトペーパーを閲覧し、2025年にはDTxの市場が69億ドルにまで到達と予想されていると伺いました。これまでに公表されたDTxの中で、特に山口さんが注目されている事例にはどんなものがありますか。

山口さん:
一つは昨年末日本初のDTxを実用化させたCureApp社の禁煙治療アプリである「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」。従来の薬物療法では十分に介入できなかった、ニコチンへの心理的依存に対して、診察以外の期間でも患者をサポートできるようになります。

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もう一つは米Propeller Health社の喘息や COPD(慢性閉塞性肺疾患) の治療用アプリである「Propeller」ですね。こちらは吸入薬とスマホを連携させ、薬の使用状況・使用頻度を管理することで、発作の予防や治療薬の変更に柔軟に対応できるようになります。

大平:
治療のあり方が変わる新しい取り組みですね。面白そうだと思う一方で疑問なのが、果たしてDTxは世の中に普及するのだろうか?という所です。患者目線、「あまり監視されたくない」「これ以上治療費が高くつくと困る」という思いがある。そういった懸念があっても普及していくのでしょうか。

山口さん:
確かにそういった懸念はあるでしょう。デジタル治療を拒否する患者さんも中にはいらっしゃると思います。ただ、利用することで従来の薬物療法ではカバーできなかった所まで治療を進められるため、助かる患者さんも確実に増えるだろうと考えています。
また、既存の薬物治療をデジタル治療を用いながら順当に進めることで、かえって医療費削減に繋がる、といった効果も予測されています。
そういった意味でも、結果的に普及していくのではないでしょうか。

大平:
患者としても利点があるのですね。ところで、DTxにはソフトウェア開発の技術が求められるようですが、元々製薬業界ってITとは無縁な印象です。DTxの動きが加速するとなると、製薬業界・製薬会社はどのように変わっていくでしょうか。

山口さん:
製薬業界に製薬会社・医療機器メーカー以外の第三者が参入することが考えられます。仰る通り、従来の製薬会社ではソフトウェア開発の知見を貯められていません。テックに強みを持つベンチャー・スタートアップが参入する余地は十分にあると思います。

大平:
長らく参入障壁が非常に高いと言われた製薬業界ですが、大きく変わっていきそうですね。ついでに申し上げますと、欧米では2010年以降続々とDTxベンチャーが登場した一方で、日本では昨年やっと1社薬事承認・保険収載されたばかりで、10年出遅れているようです。このような状況下で、日本の製薬業界がこの分野で成功するには、どんなことが重要になるでしょうか。

山口さん:
パートナーシップです。DTxに取り組むためには、従来の製薬会社による医薬品の承認申請のためのノウハウと、デジタルに強いベンチャー・スタートアップによる開発に関するノウハウの両方が必要になるため、互いに連携することが不可欠です。日本の場合、特に日本語が通じ、タイムラグがないアジア圏や国内ベンチャー・スタートアップ等との提携を、より早く適切に実施することが求められていると考えます。

大平:
最後の質問です。今後製薬R&D部門はどのように変化していくとお考えですか。

山口さん:
これは期待を込めて、という話でもありますが、日本発の医薬品を沢山出していってほしいと思います。ただ、日本発といっても、「日本人研究者発」という訳ではなく、「日本在住の研究者発」を意味しています。研究所が国籍を問わず優秀な人材を受容できる、グローバライズされた環境へと整備されれば、と考えています。
しかし、日本の研究所はまだまだ閉鎖的な傾向があると思います。海外含め日本の研究所に来たいと思われるような土壌づくりを行い、その上で切磋琢磨し合える環境が作られれば、国内の製薬R&D部門はもっと良くなると思います

大平:
組織風土・カルチャーの変革も重要な視点ですね。
インタビューに応じていただき、ありがとうございました。

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インタビューを終えて

インタビューを通して、これからは医薬品といった物質による医療だけでなく、DTxはじめ情報による医療も活発化していくと考えられますし、疾患によっては後者が主流になることもあり得るかもしれない、という感想を抱きました!

薬局にて処方してもらう際、かつてはジェネリック医薬品が存在したらラッキー!程度でしたが、現在は随分と身近で「当たり前」の存在になったように感じます。DTxのような全く新しい医療が、ジェネリックのように「当たり前」の存在になるのは、そう遠くない未来かもしれませんね。

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本日取り扱った製薬企業R&D領域におけるDXの展望のホワイトペーパーは、こちらからダウンロードできます!

他にも、様々な業界のDXホワイトペーパーを用意しております。

 ○ 不動産業界におけるDXの展望
 ○ アパレル業界におけるDXの展望
 ○ 小売業界におけるDXの展望

こちらもご覧いただけると嬉しいです!

また、RITのDXコンサルティングサービスでは、全体構想から運用・横展開まで、DX推進の全てのプロセスにおいてご支援させていただいています。

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詳細はバーチャルDX推進室HPをご覧ください。

お読みいただきありがとうございました!
それでは、またお会いしましょう☆

この記事を書いたのは…

大平朱莉 / 1999年生まれ / 株式会社RITインターン生 / 「誰かの役に立ちたいならまず自分自身に圧倒的な実力が必要」と気づき、修行中! / 好きなものは塩分、糖分、脂肪分

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