(読書感想文)「手紙屋」
喜多川泰著「手紙屋」読了。
エピローグを読んで、感動して涙ぐんだ。
最後を知ったうえでまた最初から読みたくなり、すぐに再読した。
フォントで描く表情
本作は主人公と手紙屋の手紙のやり取りをメインにストーリー展開される。
主人公の書く手紙
手紙屋の書く手紙
手紙ではない部分
の 3 パターンでそれぞれ異なるフォントが使用されている。まずそこが読みやすかったのと、フォントが与えるイメージってあるなと思いながら読んでいた。
※余談だが、私は普段の業務で使用するフォントには少し拘っている。メールはもとより、文章を作成する時にいつも使用するフォントがある。むしろそれじゃないと落ち着かない。
自分に合う才能は自分で見つける
印象的な一節があった。
生まれつきの才能を誰かに見出してもらうのを待つのではなく、目の前のことに一生懸命取り組み、称号を与え、情熱を持って動き続ける。
私もこの主人公と同じだ。
表面的なもので選んできて、消極的な理由で手放せずにいた。
私は情熱を持って人より動いてきたのか、今いる場所を失うのが怖くて、レールから降りられずにいただけではないのか。
そんな恥じる思いを、だが、手紙屋は責め立てることなく導いてくれる。
転がる石に苔はつかない
主人公と手紙屋、そして登場する周辺人物たちが自分と比較して眩しすぎるように感じていたところ、最後の部分に救いがあった。
何事も継続が苦手な私が新年にジブン株式会社マガジンとして一念発起して始めた連続投稿。
転がる石になっているかわからないが、アウトプットの筋力はついている実感はある。
何より毎日書くのが習慣化してきた(23時59分の投稿は何度もあるけれど)。
手紙屋もアウトプットと継続を推奨していたので、嬉しく感じた。
本作の主人公ほど眩しい生き方ではないかもしれないが、私は私なりに情熱をもって生きている。そしてそれをこれから更に磨けるかどうかは私次第だ。
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