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「決める」ということ

人生が変わるタイミングって
いつくるのだろうか?

なにがキッカケになるのだろうか?

このまま終わるのは絶対にいやだ。
どうにかしたい。。

当時の僕はそんな張り詰めた思いでいっぱいだった。

ウツでしんどかった生活に
終止符を打つきっかけになった決断が、

4年前のちょうど今の時期にあった。


最悪の事態


このままの状態が続くと
自分はどうなるのだろうか?

4年前の今ごろの時期
そんな風に何回もシュミレーションをしていた。

ちょうどその頃はウツになったから体調は最悪。

薬の量もいままでで一番多い。
食欲もない。

しょうじき、薬でお腹がいっぱいになる。

体重も標準だった68キロから55キロまで激減した。
そして体力もなくなった。

死ぬのではないかという不安で眠れない。
眠れないから余計に精神が不安定になる。

不安定になるから、そこから
死にたいする恐怖で体が震えて止まらない。

母は毎日、震えている僕の背中を
何度もさすってくれた。

死んだら楽になるかもよ?と自分に言い聞かせてみるも、
そこにリアリティーがない。

それよりも、
よりリアリティーがあるのは

「死ぬ間ぎわに、何を思い感じるか」

だった。


死ぬ間際に何を感じるか


これを考えると、当時は悔しくてたまらなくなった。

死んだらどうなるかを何度もイメージした。

僕が死ねば、葬式をやるだろう。
自分の死を一体どれだけの人が悲しむだろうか?

いったい何人の人が葬式に参列する?
同級生は10人参列するだろうか?

いや、5人いるか、、?
僕の人生には価値はなかったのか。

ああ、あまりにも惨めだ。
そして、あまりにも悲しい。

母は何回かポツリと「自殺だけはだけだよね..」
そんな風に言っていた。

これは、「自殺」に対しての
一般的な考えというよりかは

むしろ僕に対して言っているように感じた。

母はこれから毎日、泣くのだろうか。

僕と同じように息子の死のショックから
精神科に通うようになるのだろうか。

僕はたとえ死んでも、何一つよい影響を
与えることができないのだろうか?


ーーーー

死んだ後のことなんか、
もうどうでもいいはずだが

死ぬ間ぎわには、後悔ばかりが
浮かぶ気しかしなかった。

そんなみじめな人生だったのか?
ほんとにこれで終わり?

そしたらむしょうに、泣けてきて仕方がなかった。


ーーーー

そしたら何かが吹っ切れた。

最終的には借金を800万円くらいして、
ありとあらゆる治療法を試した。

時には「この治療法に賭けてみよう」と
思っていたものがまったく効果がなく

お金も時間も損をしてとても悲しい気持ちに
なったことが何十回もある。

それでも。やらないより、やってよかった。

結果、完治したのだからこれ以上に良いことはない。

時には借金の返済が大変すぎて
ウツになるかと思ったけど笑

それでもウツの時よりかは
働けるだけ、ココロの底から嬉しかった。


諦めるのか


あきらめるのか、それとも「やる」と決めるのか。

自分の中ではいくらでも
やらない言い訳はできる。

考えなくても、もう無意識的に
言い訳が頭に浮かんでいた当時。

それよりも、どうか「やる」と決める人生を!

ウツが治った今、ごはんを食べるとなんでも
めちゃくちゃ美味しく感じるようになった。笑

当時はあじを感じることすらなかったから。

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