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Butterfly Effect 9
あれから幾月経っただろう。
アリスは紫色のバタフライと共に消えたまま、僕は次第に一人の生活に慣れていった。
好きな時間に帰ってきて、好きなものを食べて、
好きなところに行く。
皆がアリスではなく、僕を見てくれる。
僕は満足していた。
・・・・・・満足していたはずだった。
蜜色の満月は、本当のことをそっと教えてくれる。
僕は独りでいることを紛らわす為に、双子の金魚を飼い始めたこと。
その金魚
Butterfly Effect 8
蝋燭のついていない燭台。
冷え切った暖炉。
閉め切られ真っ暗なままの室内。
アリスの姿はそこには無かった。それどころか、帰って来た形跡すら無かった。僕はどうすることも出来ずにただ、冷え切った室内で立ち尽くした。
月の光は静かにこの部屋の内側を映し出し、
床に一つきりの影を描き出す。
夜遅くになり、村中の人達が灯りを手に、森中を探し回ったけれど、結局彼女を見つけることはできなかった。
皆
Butterfly Effect 7
機械仕掛けのバタフライ、アリス、雑貨屋のおじさん、僕の順で、僕らは森を抜ける秘密の抜け道を通っていた。
はっきり言って、僕は不快だった。
だって、アリスは僕の気持ちを無視して、自分の欲望だけを優先したのだから。
アリスに負ける運命かぁ。これも無駄な抵抗なのだろうか。
おじさんの背を追いながら、だらだらと歩く僕は、時折遅れがちになって、その度にちらりと心を霞むのは、このまま何処かへ行ってしま
Butterfly Effect 6
「これは?」_ゼンマイ式クロニクル
「じゃあ、こっちは?」_真珠入りハマグリのワイン漬け
「あぁ、君。今、不味そうだと思っただろう。いやいや、誤魔化しても無駄だ。ちゃんと顔に書いてある。
物は見かけによらないぞ。騙されたと思って、一つ食べてみるといい。これが、意外に美味しいんだよ。
ふむ、そうか。試食はいらないと。それは、残念だ。」
僕が丁寧に辞退をすると、店主のおじさんは、残念そうに、茶色に
Butterfly Effect 5
『七色きのこのクリームスープ。熟成子羊のブリー・チーズ。
胚芽入り自家製パン。毒入り林檎のタルトタタンに食後の珈琲』
アームチェアーに座ってくつろぎながら、僕ら二人は明日をどう過ごすかについて議論をする。
右に座るアリスの提案は、町に新しく出来た雑貨屋を覗く。
僕の提案は、時忘れの森深くの小川で過ごす。
采配はどちら側に星が流れるか。
僕らは黙って、夜空を見上げ運命の時を待つ。
星が流
Butterfly Effect 4
青空に似合うのは、アリスの方。
そう言ったのは、リスのカンジンスキーさんだ。
彼は煙管の煙を吐き出しながら、僕にそう呟いた。
今、アリスは青空の下で花摘みに勤しんでいる。
カンジンスキーさんは、先月、どんぐりの実を喉に詰まらせて
亡くなった。享年12歳。大往生だ。お葬式の日、僕は涙一つ流すことができなかった。それが唯一の心残り。
アリスの青いドレスの裾が僕の目に眩しく映る。
僕には一体何が
Butterfly Effect 3
あの日は何気なくやってきた。
何かが起こる予兆なんてこれっぽっちもなくて。
(この村は平和である事だけが取り柄だ。)
だから、僕はその知らせにも、あぁ、そうか、ぐらいにしか
興味を示さなかった。
町に移動式サァカスが来た。
いつもとは違うサァカス集団だけれど、そこに大差はないよ。
そうだね、パレェドの日ぐらいは、見に行こうか。
僕とアリスはそれだけでこの会話を終わりにした。
今日の朝食で
Butterfly Effect 2
連日までの雨が嘘のように、澄み切った青空がどこまでも果てしなく続いていた。
窓硝子越しに見上げた空は、あの日と似ている。
ただ、それだけが救いだった。
マグカップ片手に僕は、射し込む光が床に映し出す影を眺めていた。
どうして、影は一つだけなのだろう。
さっきから考えるのはその事ばかり。
その理由を僕は知っているはずなのに、頭がぼうっとして、よく思い出せない。
そう、あの日は青空が綺麗だっ
Butterfly Effect 1
僕らは常に一緒にいた。
まるで一時でも会えなかったら、
壊れてしまう恋人のように。
同じ時間を共有し、同じ思考回路で、同じ空間に
生き続ける。
それが当たり前。少なくとも僕にとっては。
ねぇ、アリス。
君はいつから僕と違う思考回路を持ったのかい?
僕が永遠に掴むことのできなかった羽根で、
空高く飛んでいった・・・・・・
君へ捧げる。
アレグロ・バルバロ 15
繰り返しを繰り返す小さな命。
そのどれもが美しく儚かった。
いや、違う。
儚いからこそ、美しいのだ。
わざと波打ち際を歩くハナの裸足の足下を、小さな泡がぶつかっては消えていった。
「君かい?翼を生き返らせる方法を探しているのは?」
その男はどこまでも続く夜の海岸で、突然声をかけてきた。
黒づくめの男に、ハナは頷き返した。すると、男は笑いながら彼女に答えた。
「そんな事は、簡単さ。君は翼を持
アレグロ・バルバロ 14
翼をもう一度、生き返らせる?
そんな方法、知る訳ないじゃない。
道行く人々皆に聞いてみたが、皆、口を揃えてこう答えた。
森深くで出会った少女達も。
同じ服を着て、そっくりの笑みを浮かべる少女達の胸元で、結われた蝶々結びが、風で一斉に揺れる。手を繋いだ彼女達は、楽しそうな声をあげながら、尋ねたハナの周りをぐるりと取り囲んだ。
楽しそうに弧を描きながら、右に左にステップを刻む彼女達を円の中心から
アレグロ・バルバロ 13
それからの日々は地獄のようだった。
アレグロは翼を失ったことを気にしていない振りをし続けた。
そんな事は無理な癖に。
そして、一番最悪的だったのは、それをさせているのが自分だという事だった。
あれから、彼はまるで何もかも諦めてしまったように、悲しそうに笑う。
その笑顔がハナは、大嫌いだった。
修復できない事を見せつけられているようだった。
ある日、アレグロはハナに話しかけてくれた。あの大嫌いな
アレグロ・バルバロ12
今、思えばきっかけはいつだって雨だった。
考えれば、それは簡単なことだ。
蛇の鱗の女とアレグロは度々会い、壁の向こうへの飛行について相談していたのだから。そこにハナの話が出てきたとしても、何も驚かないだろう。
蛇の鱗の女がうっかり、ハナの秘密を話してしまったとしても。
誰も驚かないだろう。少し考えれば分かったはずだった。
朝から続く偏頭痛。自己主張を続けるかのように足の傷が、じくじくと痛み
アレグロ・バルバロ11
私達はどこで間違えてしまったのだろうか。
最後に飛んでみようなんて、そんな馬鹿なことを考えてしまったから?
『貴方は貴方のままでとても綺麗よ。だから、この先の未来を見つめて。』
そう話してくれた蛇の鱗を持つ女に、口留めするのを忘れたから?
彼女は、続けて言った。
『皆、何かを失って、その代わりに何かを得て。そうやって、後悔と懺悔と少しの希望を抱きつつ生きているのよ。』
でも、私は知っている
アレグロ・バルバロ 10
『ねぇ、ハナ。私、知っているのよ。
貴方が飛べない事を。』
見る事が叶わないハナの為に、夜空の星を写し取った布を、天上に這わせてくれたのは、アレグロだった。
彼は時折、ハナの部屋を訪れては、天空までの飛行プランについて、説明をしてくれる。彼の話によれば、太陽の影響を考慮して、昼間に飛びたつ事から、夜の飛行へと変更をしたらしい。
昔、太陽に憧れて太陽まで飛んでみた人がいるんだってさ。
彼は、そ
アレグロ・バルバロ 9
月日は過ぎ、アマービレがこの地に来てから早くも半年が過ぎようとしていた。
ハナの怪我は、順調に回復をしていき、日常生活においては、特段の支障も無い程にまでなっていた。相変わらず、飛ぶことは出来ないので、配達の仕事はアレグロに任せ、ハナはアマービレの付き人の仕事に勤しむ毎日を送っている。
アマービレは、ここの所、彼女と一緒に堕ちた馬車へと足繁く通っていた。自分の国に向けて、SOSを出すためだ