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アレグロ・バルバロ 10

『ねぇ、ハナ。私、知っているのよ。
貴方が飛べない事を。』

 見る事が叶わないハナの為に、夜空の星を写し取った布を、天上に這わせてくれたのは、アレグロだった。
彼は時折、ハナの部屋を訪れては、天空までの飛行プランについて、説明をしてくれる。彼の話によれば、太陽の影響を考慮して、昼間に飛びたつ事から、夜の飛行へと変更をしたらしい。
 昔、太陽に憧れて太陽まで飛んでみた人がいるんだってさ。
彼は、そんな話をベッドの中で毛布に包まりながら彼の話を聞いているハナに教えてくれた。
「その人、どうなったの?太陽まで辿りつけたの?」
「いいや。太陽に妬かれて真っ逆さまに堕ちたよ。
そりゃあ、無様にね。太陽に張り合うなんて、身の程知らずなんだ。」
「そうなんだ。・・・・・・アレグロも、気を付けてね。」
「俺は、自分の限界も何者であるかも分かってるつもりだから、太陽に挑もうとか考えないよ。それに、ハナも一緒に行くんだろ?俺より、お前の方が絶対に危ないだろ。なんせ、前科あり、だもんな。また、飛び立とうとして、窓枠から滑り落ちるなんてやめてくれよ。」

「大丈夫だよ。」

もう飛ぶ事は無いから。
そう声に出して告げる事は出来なかった。
その代わりに、ハナは笑ってやり過ごした。
ちゃんと笑えている?
ちゃんと受け答え、出来てる?
・・・・・・後何回、こんな風に嘘の笑顔を浮かべればいいの?
アレグロが出て行った部屋で、ハナは小さく一つ溜息を落とした。
大好きなアレグロとの時間。
それなのに、それがこんなにも辛い。
本当の事を話してしまいたい。でも、そんな事をすれば、アレグロはきっと悲しむだろう。きっと、この国を出る事も止めてしまうだろう。
自分のせいで、アレグロを苦しませたくない。

 アマービレは、あの日言った。
今すぐに帰れる方法が一つだけあると。
それは、飛べなくなった馬の翼を生き返らせる方法だ。
そんな事ができるのかと問うハナに、アマービレは、海岸沿いで出会った男が教えてくれたのだと答えた。
壊れた物は、取り替えればいいのだと。
命ある翼と死んだ翼を取り返れば馬は、その役目を思い出すだろうと。
「私だって最初は、信じられなかったのよ。」そう、アマービレは言った。
男は、そんなアマービレにこう答えた。翼と持ち主の意思は別物だ。翼は、持ち主の意思とは別に、常に飛び立とうとしている。
馬は、生きた翼を得れば、天空を駆ける馬としての自身の役目を思いだす。
「だから、ハナ、あなたの翼は死んでいるわけではないの。だって、その翼はいつも、大きく羽ばたこうとしているもの。ほら、貴方の影を見て。大きく羽ばたく翼の影が映っているでしょう?持ち主である貴方が飛ぶことに躊躇するから、翼と同調できていないのよ。
 可哀相に、きっと飛ぶこと以外に、もっと気になる事があるのね。
でも、それじゃあ、その翼が可哀そうだわ。だから、私の馬に貴方の翼をくれれば、翼も飛ぶことができるし、馬だって自分の役目を思い出す事ができるし、貴方ももう、飛ぶことに頭を悩ませる必要がなくなるわ。ね、これって妙案でしょう?」

 それにね。
私はあの人にもう一度会えるのならば、例え、誰に罵られようと、どんな事でもやって見せるわ。貴方にその覚悟があって?
そう話すアマービレの瞳は、今まで見た事が無い程、真剣な色をしていた。

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