アレグロ・バルバロ 15
繰り返しを繰り返す小さな命。
そのどれもが美しく儚かった。
いや、違う。
儚いからこそ、美しいのだ。
わざと波打ち際を歩くハナの裸足の足下を、小さな泡がぶつかっては消えていった。
「君かい?翼を生き返らせる方法を探しているのは?」
その男はどこまでも続く夜の海岸で、突然声をかけてきた。
黒づくめの男に、ハナは頷き返した。すると、男は笑いながら彼女に答えた。
「そんな事は、簡単さ。君は翼を持つ者なのだから、君の片翼をあげればいい。それで、彼は元通り、両翼になる。空の向こう側を飛び越え、天上人の彼女に会う事だってできるだろう。」
全てを知っていそうな男に、ハナは尋ねた。
どうやって、翼をあげればいいの?私もアレグロのように、翼を切り落とさなければいけないの?
そう尋ねるハナの耳元で、男は言った。
そんな物騒なやり方は私は好まないんだ。美しくない。
もっと綺麗に物事は片付けなければ。この小箱も手に入った事だしね。
私も最大限、君に協力するよ。依頼主を傷つけるなど、それこそ、報酬を得るにふさわしくない。
そうだな、最果ての湖から君の残された翼の羽根を飛ばせばいいんだ。
最後の一羽根も残さないように、全てね。
綿毛のような、綿飴を口に乗せているようだった。
ざらざら。ざらざらと、一枚、一枚、背中の翼の羽根は、月の光を頼りに、闇夜へと消えていった。
ぼうっと発光して、燃え尽きるように消えていく羽根。
軌道をくるくると描きながら、視界から消えていく羽根。
ハナはボヲトに横たわりながら、その光景を見続けた。
最果ての湖はとても静かだ。
上手く月の軌道に乗れなかった神飛行機が、水面に漂うだけ。他には何も無かった。
闇夜に独り。
やがて、ハナの躰も、ハナという存在も、この闇夜に消えていくだろう。
そうして、また無に帰すのだ。
いつかのバラバラになってしまった蝶のように。
音も無く静かに、最後の一羽根が宙に浮かんだ。
かつての主を惜しむかのように、その一羽根は、横たわる彼女の上をくるりと旋回すると、月の光の中を滑りだしていった。
視界から消えていく一枚をハナは目に収めると、そっと瞼を閉じた。
これでいい。
最初からこうすべきだった。
闇夜からひょいと現れた男は、ボヲトに横たわり荒い息を繰り返すハナの頭を優しく撫でると、一礼をし、夜の帳のカァテンをカラカラと引いた。
月は、カァテンの裏に隠れ、月の光すらない漆黒の闇夜がハナを包んだ。
闇がハナを取り巻いているのか、
自分が闇に溶けていっているのか。
ハナには、もうどちらが正しいのか、判別することはできなかった。
不思議と怖さは無かった。
包まれるような優しさすら感じられる。
どこか懐かしさすら感じるその闇の中へと、ハナは意識を投げ出した。
「バイバイ、アレグロ。
君と見た景色は、とても綺麗だったよ。」
Fin.
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