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夫のアルバイトが始まる

 GWが終わり、今日から通常運転。12月末で仕事を辞めた夫が今週から再始動する。といっても、週1回のアルバイトだけど、回数は関係ない。大事な、そして大きな一歩だ。

 このアルバイトは、これから夫婦で始めようと考えている新規事業のための重要な布石になる。
 というのも、いま私たちは“ひとり会社で障害者を支援している個人事業主”をターゲットにしたサービス業を構想していて、夫はそのターゲット層にいる友人のところにアルバイトに行くからだ。
 つまり、そこで週1回のアルバイトをさせてもらいながら、彼らの置かれている実情とニーズを把握するという、顧客のリサーチも兼ねているというわけ。

 なので、バイト代による収入よりも(もちろん、それもありがたいが)、もっと大きな視点での“おみやげ”が目的なのだ。

 もう一つ大きなメリットがあって、そこでアルバイトをさせてもらうことで夫は現在、持っている資格を更新できる。その資格は現場で実際に支援をしていないと更新できないもので、今後、私たちの事業にとっては必要不可欠な資格。無職となった夫が資格更新するには、どこかで“現場”を持たなければならず、そのアルバイトが“現場”を与えてくれるというわけ。

 メリットはまだあって、長らく休養していた夫にとって、このアルバイトはリハビリテーションになるはず。現場感覚を取り戻す、良い機会になるだろうということ。いまの構想では、今後、障害者を直に支援することはないだろうけれど、夫はもともとそういう仕事が好きだったので、仕事の面白みを取り戻すきっかけになるんじゃないかな、と私は想像している。
 もしかすると、本当に面白くなって、それを本業に据えることになるかもしれないけれど(アルバイトのつもりが就職することになったりして)、それはそれで構わないと私は思っている。

 要は夫がいきいきと仕事ができる現場があれば、そこで働けばいいし、無いなら作ればいいと思っているので、場はどこだってかまわないのだ。

 とにかく私たちにとって(とくに夫にとって)メリットがたくさんある、おいしいアルバイトなのだけれど、夫がその友人に話を持ちかけた時、相手から「ぜひ来てほしい」と言われたことがもっとも良かったことかもしれない。やはり人が生きていく上で、必要とし、必要とされることって、根源的に欠かせないんじゃないかなと思う。

 もちろん、私は人生のパートナーとして夫を必要とし、必要とされているけれど、家族や夫婦だけでなく、そういう関係は複数あったほうがいいし、それが社会とのつながりの中にもあったほうがいいだろうと思う。そういうつながりが、私たちをこの世につなぎとめているというと大げさだろうか。

 ともかく精神的に参ってしまって、自分の世界をミニマムにすることで自身を守ってきた夫にとって、再び社会とつながりを持つことはとても好ましいことに感じる。勇気のいることだろうし、エネルギーもいると思う。それでも、こんな風にスタートラインに立つことができたこと。それは喜ばしいことだ。

 資格更新の研修も受講定員が決まっているんだけど、無事、定員数に入れたようで、そういうことも追い風に感じられる今日この頃。

 来月には別のところから頼まれて、そちらにも週1日、アルバイトに行くことが決まっている夫。「ぜひ来てください」という言葉が夫の心にどれほどの滋養となっていることか。もちろん、プレッシャーにも感じているかもしれないけれど、その滋養もプレッシャーも私が与えてあげられるものではないだけにありがたい。と同時に、あちこちからの声掛け(要請)は夫がこれまでいろいろなところで活躍し、貢献してきたことの成果だと思うと誇らしい。

 ひとに話すと「アルバイトねぇ」と言われることかもしれないけれど、その価値を私はともに享受したいと考えている。


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