見出し画像

【戦術白書】リスクゼロという処世術

クラシコが終わった。最高の90分だった。

クレもマドリディスタも延期に耐え、ボルテージが高まっていた中、ようやく来た最高のゲーム。

目を悦ばせ、衝撃と満足の末に年末を迎えることができた・・・・

と、書けるはずだった。

「なんだろう、なんか気持ち悪い・・・。」

①守備網形成とプレスの練度に大差

前半、バルセロナの入り方は非常によく見えた。マジョルカ戦で披露したテンポのあるボール運びを再現すべく右に厚みを持たせて攻撃し、不意をついて左を刺すという展開を頭の中に描くことができた。先の試合ではメッシとセルジロベルト、サポートにラキティッチという役割で右を制圧していたが、クラシコではラキティッチではなくセメドを置くことで、縦突破と更なるカオス化を狙っていた。

盤面だけ見ればあからさまに右に偏っているものの、攻撃自体はうまくいく気がしていた。だが刺せない。

それどころか、自陣から出られない。

まず原因の一端としてあるのは、カゼミーロを誰が捕まえるのか、曖昧なまま試合に入ったことにある。直近のクラシコを観ていれば分かるが、彼が全開を出せる状態で走り回っているのは非常にマズい。

特に守備でカゼミーロのカバーリングと潰しの精度は世界最高レベルだ。替えがきかない。その上、位置的優位を取り続けることに長けているため、居ると厄介なゾーンに短時間で到達し、攻撃の動線を邪魔してくる。

バルセロナの右を機能不全にしたのは、セメドがメンディに手を焼いたことに加えて、カバーリングでドンと構えたカゼミーロが侵入リスクを上げていたからだ。セメドは前半の序盤に、プレーするエリアを大外からハーフスペースに入り込み攪乱しようと必死に動いていたが、メンディとカゼミーロが蓋をしている中で3人目が接近し囲まれてしまえば、ボールを下げるしかない。

原因のもう一端は、セメドが保持しているところを「包囲する」だけで留めたことだ。レアルはこの形をそのまま攻撃に使う。

レアルはバルセロナが右でボールを保持した際、メンディか近くの選手1人を潰し要因で向かわせ、同時に残り2人(カゼミーロともう1人、あるいはメンディ)でスペースをつぶしてきた。攫うために足元に飛び込まず2タッチ目を狙う形だが、これすらもレアルは囮に使い、本気で狙ってはこない。

重要なのは包囲した後、ボールを下げる選択肢以外を奪い、後方にボールが戻るその瞬間、体が後ろを向いたときを狙ってハイプレスとカウンターを発動する。下げる以外に選択肢が無いとわかっているレアルはボディフェイントの警戒すら必要が無い。迷わず刺しに行ける。

この形のメリットは主に2つ。①労力(ハイプレス)を余計にかけずともボールとゴールの距離が勝手に近くなる②潰しに行く選手が1人だけでも発動できるためスペースを無駄に作らずローリスクでプレスに入れる

走り倒してスピード勝負に巻き込み、ショートカウンターへ繋げるゲーゲンプレスとは別種の、じわじわ選択肢を奪って1択となった瞬間を狙って刺す守備。鬱陶しいことに、カゼミーロというカバーがいてくれれば、ボールを保持しているのが誰であろうとデジャブを起こせる。再現性が高い上にスタミナを消耗しない。しかもカゼミーロが[4-1-2-1-2]の中盤の底にいるため対称性があり、左でも同様のことが起こる。中央はデフォルトである上にハイプレスのオンパレードである。今のバルセロナは、ただでさえ高インテンシティ下でのアイデア発揮を苦手としている。その解決策を両サイドからの組み立てとアシストに求めているため、前から蓋をされると組み立てられない。

スクリーンショット (273)

前半飛んでいるシュートの5本中4本はレアルのものだ。バルサはバイタルエリアにバスを置かれて撃てないのではなく、押し込まれて攻撃できない。イニシアチブがバルサに無かった事実は支配率が語っている。

②「怖さ」はあったがトドメにならない

そういう意味で、バルセロナは怖くなかった。

レアルからすると、マンマークを基本に局所はゾーンで守る戦術を徹底し「相手は自陣から出られない」前提を作れば、バルセロナに残っている攻め手は強行突破しかない。自然、キーになるのはメッシということになるが、バイタル近くまで行くことも難しい状況では、脅威を与える機会も少ない。レアルは徹底した守備網を形成して、はじめて「メッシを特別にマークする」選択肢を棄てた。極めて大胆な決断であるにも関わらず、なにか障害を生んでいるようには見えなかった。むしろカゼミーロに自由度が与えられた分だけ守備はどうしようもなくレベルが高かった。

問題は攻撃だった。バルセロナのボールを奪取して攻めに回るレアルは、両サイドからクロスを入れてくる。特に、左へのダイアゴナルランで受けたイスコがクロスを放り込むシーンが多く見られたが、こぼれたセカンドボールや弾かれたボールはバルベルデとメンディ、時にはカゼミーロがミドルでぶち込んでくる。枠内に飛ぶかどうか距離で判断せずに高精度で撃ってくるため、攻められているように感じる時間が非常に長い。「いつか枠内に飛ぶのではないか」と戦々恐々としていたクレも多かったのではないか。

しかし決まらない。レアルが見逃しているから。

バルセロナの守備ライン形成は、ネガトラ時から完成まで平均3秒半ほどかかっていた。モウリーニョ・レアルの速攻なら沈んでいただろう。

しかしよく見ていると、レアルはその守備網形成の甘さと遅さを、ハイプレスの時ほどの積極性では刺しに来ない。考えられる理由は2つ。

1つはリスク面。相手陣地で奪い、スペースが少ないところを崩そうと動けば、ネガトラになった際、先述した守備網へ移行しづらい位置に選手たちが立つことになる。前線にメッシ・スアレス・グリーズマンがいる恐怖感は絶対的に変わらず、守備網形成が一瞬遅れれば、カウンターの精度に関わらずボールが3人にわたりバイタルへ侵入されて致命傷になる。

もう1つは方針の問題。クロスを入れてセカンドボールをミドルシュートで砲撃する波状攻撃を基本とするなら、相手の準備ができていない瞬間を狙うのではなく味方の準備が不可欠になる。結果、前線がフィニッシュまであと一手(バイタルには入っている・ジャンプするだけ・等々)とならない限り、ボール保持後のプレーは遅くなる。

ジダンからすれば、カンプノウではローリスクローリターンで良かったのかもしれない。1点入れば、守備に移行して逃げ切れる自信があったのだろう。実際バルセロナは決めたい場面で決められず、そもそもシュートに行けなかった。

レアルは怖かった。しかし死ぬ気はしなかった。

リスクを冒さずに攻めてくるなら、手堅く守れば裏をかかれることは無い。

③「ヌルい」

寸止めが続いた。どうしてもあと1手が欲しいはずのレアルはハイプレスと包囲でボール奪取を狙い、クロスを放っては波状攻撃へ繋げようと同じパターンを繰り返す。

かたやバルセロナは、右を厚くして攻撃時のオプションを増やそうと奮闘するも守備網を抜けられない。「今までは様子見、修正はこれから」と言わんばかりの展開を繰り返すアサーティブな試合運び。逆サイドではデヨングのキープ力と調整力、グリーズマンが裏を突こうと待っていたが、全体としても個人としてもねらいを効果的に発揮できない。スアレスはらしくないミスもあったが、それ以上にゴールへ意識が向きすぎていた。攻撃回数が極端に少ないことも手伝ってメッシもエンジンがかからず、フィニッシュまで噛み合わない。

クロスゲームになりそうでならないという気持ちの悪い膠着気味にもかかわらず、両チームともに交代枠を使い切っていない。ビダル投入によるボール回収強化は功を奏していたが、右に偏りすぎていた攻撃を均しただけでは得点に繋がらず、80分になってようやく出てきたモドリッチにアイデアとキラーパスを期待するには遅すぎた。

ロドリゴとファティの同時クラシコデビューは、未来を夢見て胸が熱くなったが、結局後半終了間際の4分間で3人交代するバタバタ感の中に組み込まれたことを考えると記念出場に見えてしまう。間延びしていた試合展開からすると腹落ちしない。もっと早く動けたはずだ。

「ヌルい」

殴り合いそうではあるが殴らず、崩せる形はあったが見逃し、ファイトするものの必要以上に闘わない。ぬるま湯に浸かっている気持ち悪さがそこにあった。

仕留めようとする狂気がバルセロナからは感じられず、VARに取り消されたメンディの抜け出しからとどめを刺そうという攻め気はあっても、詰めの甘さを修正できないレアルからは死を感じなかった。双方ともにリスクを冒さない。

スクリーンショット (272)

バルセロナの枠内シュートはわずか2本だが、レアルの枠内も4本であり、全体としても26本中6本しか飛んでいない。前半から考えると後半はバルセロナのシュートは6本(枠内1本)でレアルは5本(枠内0本)と若干流れが変わったようには感じたが、観ていた体感では前後半というより前半×2だった。

パス本数にほとんど差がないのはバルセロナの良さを殺されているからだ。バルセロナのわずかばかりのプレッシングもカルバハルを経由することで完全にかわされており、攻守で考えても内容に関しては完敗している。

ただ戦略と技の応酬があったか考えると、お互いがお互いの良さを局所で消しあうまでにとどまり、自チームの強みを存分に活かしたとはとても言い難い。これは、プレミアを先頭にした「良さを思いっきりぶつけ合う」時流を考えると遅れている。

今季のリーガは昨シーズンを超えるカオスぶりになっており、このまま終盤戦まで持ち込めば上位は勝点1差で泣きをみる気がしている。混戦になっているのは中堅下位の奮闘もさることながら、上位が軒並み過渡期に入って理不尽なインテンシティを保てずにいることも大きい。

そんな中、このクラシコのプレー強度である。

ここから激化していくCLや、稀にみる頻度で発生しうる国内クラブとの凌ぎ合いに、「殺し切らない」「リスクを冒さない」「仕留めない」では心許ない。

特にバルセロナは、シーズン後半にサンティアゴ・ベルナベウに乗り込んだときに今日と同じパターンであれば、次は確実に殺される。

かといってテコ入れして短期的に改善を求めると過渡期の課題が後回しになる。カタルーニャ独立運動も解決しない・・・。

ピッチ内もピッチ外もカオスな状態で迎えたクラシコ。バルサもレアルも「難しい時期をとにかく乗り切るか・・・」という姿勢なのか覇気が無かった。クラシコを観た観戦後の満足感は直近15年で一番低いかもしれない。

今季は「ヌルい」クラシコを、生温かい目で見守るほか無いのだろうか。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます! サポートいただけると大変嬉しいです! これからもよろしくお願いいたします!