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夫婦が愛するポメ子の話

眠い目を擦りながら、8時に職場へ着くよう最寄駅を目指す。そんな生活を新卒から過ごしてきました。私は早寝な割に朝が弱いので、布団から出ること自体が本当に苦手です。

必死に体を布団から引き剥がし、出勤のために外の世界へと旅立ちます。駅までの道のりは、気を抜くとそのままUターンして布団に入りたくなるほど、眠りの欲求は非常に高かったです。

そんなパッとしない朝を迎えていた私に、ある日突然、とびきりチャーミングなご褒美がやってきます。

その日もボケボケと通勤していると、目の前に小さな白い物体が歩いてきました。足取りはトボトボしており、ゆっくりと進んできます。通り過ぎる手前で、なんて可愛いポメラニアンなんだと凝視してしまいました。

恐らく、高齢のポメラニアンのようで、毛も少なめでチリチリだし、歩き方もポテっとしていて元気さは感じられません。でも、その貧相な見た目が私の心をくすぐりました。その子の名は「ポメ子」私が勝手につけました。

来る日も来る日も、とぼとぼ歩くポメ子を楽しみに、朝起きるようになりました。目の前からポメ子とポメ爺(ポメ子の飼い主)がやってくると、次第に顔が綻んでいくのが自分でもわかります。

ポメ子に会える日もあれば、会えない日もあります。タイミング的な問題かな?と思っていたら、定期的にポメ爺は散歩コースを変更していることがわかりました。

いつ会えるか分からないポメ子。少しでも繋ぎ止めたかったですが、決してポメ爺に話しかけることはしませんでした。ポメ爺は愛想があまり良くなく、こちらが話しかけたら散歩コースを思いっきり変えられて、2度とポメ子に会えない気がしたのです。

しばらく、ポメ子の可愛さを独り占めしたのちに、ナマズ(=旦那)へポメ子の存在を告白しました。そうすると、ナマズは「僕もポメ子に会いたい!!!」と一瞬でポメ子の虜に。出勤時間が1時間違ったので、ランニングがてらに最寄り駅まで一緒に行くことになりました。

ソワソワ。今日はポメ子に会えるかな〜と思っている二人の気持ちに反して、その日はポメ子に会うことができませんでした。

「この会えるか会えないか分からないのが、またポメ子のいいところなんだよ」

とポメ子の希少性をナマズに訴え、翌日も二人でポメ子に会いに行くことにしました。そして、ポメ子に会えることを夢見て何日間か経過し、ついにポメ子と巡り合うことができたのです。

トボトボとポメ子が目の前を歩いてきました。私の目がキラン!と光り、隣を見るとナマズの顔もニコニコになっています。二人でポメ子の存在を認知して、思わず立ち止まってしまいました。

ポメ子が通り過ぎるまでの数秒間、まるで「立ち話しているだけだけど?」みたいな雰囲気を醸し出しながら、目はポメ子に釘付けです。ポメ子の後ろ姿もしっかり脳裏に焼き付け、二人で「可愛いいいいいいいぃ」と膝から崩れるように駅に向かいました。

一回でナマズもポメ子のファンになったので、その日以降、私を最寄り駅まで送る(=ポメ子に会う)→ランニングで帰宅→出社が習慣になりました。

ある日、駅までの最後の直線距離で、前から歩くポメ子の姿を見つけることができず、諦めの気持ちとなっていました。すると、どうでしょう。すぐ目の前の十字路を横切るように、ポメ子とポメ爺が歩いてきたではありませんか!

まるで回転寿司のように右から左へと歩くポメ子。初めての横切る姿に、ふたりで悶え、さらには十字路の真ん中で、足を止めて私たちの方を見つめてくれました。

((目が合ってしまった))と喜びは最高潮となり、「これだからポメ子はやめられないよね」とポメ子への愛を再確認した物語となりました。

我々がポメ子ポメ子と呼び続けていたポメ子ですが、名前が発覚した瞬間は今でも忘れられません。いつも通り、ポメ子を期待して通勤していた時のこと。

最後の曲がり角でポメ子を見納め、満足な心持ちでいたら、後ろから「ポテちゃん!!!」とおばさんが声をあげました。

((ポテちゃん!?))と二人でおばさんの声の先を探したところ、なんとあのポメ子を撫でようとしていました。我々が触れたくても触れられないポメ子を撫で、さらには「ポテ」という名前で呼び、頭は混乱状態です。

ポメ子=ポテ

果たして、ポテなのか、ポテトなのかは明らかにはなりませんでしたが、ずっとポメ子だと思っていた子が”ポテ”だった衝撃は凄まじかったです。正しい名前がわかってもなお、我々の中でポメ子はポメ子のまま。呼び名はポメ子から変えようとはしませんでした。

他にもポメ子のエピソードを思い出せばキリがありません。公園でポメ子がポケモンのように戦っていたことや、ナマズがポメ子を追跡調査したこととか。

そうやって、ポメ子との朝を楽しみにしていた夫婦二人でしたが、悲しくも終わりがやってきます。

私たちが引っ越すことになったのです。

本当の最後の日に、ポメ子に触ろうとナマズと約束をします。ポメ子と会えない可能性も前提に、引越し前数日間、いつもの通勤路を二人で歩く様にしました。

しかし、なんということでしょう。結局、ポメ子に会うことができなかったのです。定期的に会えていたポメ子でしたが、我々が引っ越す最終週に一度もお目にかかれませんでした。

これには二人とも嘆き、悲しみ、途方に暮れました。手に届くところにポメ子はいたのに、最後の最後で会うことすらできませんでした。

新しい街に越してから半年以上経ちますが、未だにナマズとポメ子の思い出話をします。ポメ子元気に生きているかな?ポメ爺と仲良くしているかな?

触れたことのないポメ子の感触を想像しながら、ポメ子とポメ子から受け取った幸せを噛み締め、今日もポメ子のいない道を二人で散歩しました。

いつか、ポメ子にもう一度会いたいなぁ。
ポメ子ぉ〜。





前回の夫婦エッセイはこちらです。




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