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読書|傘をもたない蟻たちは

独特な世界観で集まっている短編集。どれもこれも面白かったけれど、私の心に一番残っているのは「イガヌの雨」です。以下、ネタバレを含みます。

イガヌほど美味しいものはない!栄養満点で舌も心も満たされる、素敵な食べ物。イガヌ不足でもうこの味を楽しめないなんて、ありえない…。

はて、”イガヌ”とは何か。物語は、イガヌという夢のような食材が中心となっています。目が三つもある動物で、胴体や腕はない、猿のような頭と足だけの生き物です。エイリアンのようで気持ち悪いですよね。

そんなイガヌは、突然空から降ってきて人々に恵みをもたらしました。イガヌを食べると身体は火照り、目がとろんとする、曖昧で濃厚な幸福感で満たされてしまいます。

しかし、主人公の美鈴は、祖父に「イガヌは食べてはいけない」と理由も分からず釘を刺されていました。

高校生で年頃の美鈴は、祖父とイガヌの間で葛藤します。食べたいけど、ダメ。友人にイガヌのご飯を誘われていても、ちゃんと断ってきました。

全く興味のないものだったら、食べないですんだかもしれません。けれど、美鈴はイガヌの誘惑にやられ、遂に口にしてしまいます。

これまでの我慢が崩壊したかのように、イガヌを貪り喰います。全身からイガヌの独特な香りを発し、多幸感に胸がいっぱいになりました。

イガヌを禁止する祖父には、美鈴の掟破りがすぐにバレ、家を出なくてはいけなくなりました。ただ、祖父の監視下から逃れた美鈴は、イガヌを食べ放題になり、好都合だったのかもしれません。

ついにイガヌの絶滅が近づく中、美鈴の祖父が亡くなります。祖父の遺した手紙には、イガヌを禁止した理由が書かれていました。

イガヌの出現により、他の食材や伝統料理が作られなくなってしまった現実。祖父は人々がイガヌの虜になり、過去に好きだった料理を忘れることをを懸念していました。

祖父の気持ちを理解した美鈴は涙し、イガヌを口にしないと決意します。しかし、現実は残酷なもので、祖父の葬儀にすらイガヌの料理が運ばれてくるのです。

とにかくイガヌから離れたい、と葬儀場を後にすると、空から久しぶりにイガヌが降ってきました。人々はゴミ袋にイガヌを詰めると、嬉々として喜びます。

信じられない…美鈴は部屋にこもって一人の時間を過ごしますが、翌朝、窓を開けると一匹のイガヌと目が合います。その時、美鈴の口にジュルッと唾液が溜まるのでした。

物語はここで終了しますが、私の衝撃はしばらく続きました。怖い世界だと怯えつつも、我々の世界の中にも、イガヌのように取り憑かれているものがある、と感じてしまったのです。

「イガヌの雨」では、利便性により昔ながらの良さが失われてしまうことに、警鐘を鳴らしています。

近くでいうとスマートフォンです。正直、私はもうスマホのない世界には戻れません。便利だし自分の好きな世界に瞬時に飛び立てる、人間はスマホの虜です。

素敵な風景を眺めながら、電車に揺られること。スマホでSNSを眺めながら、時間を潰すこと。同じ場所にいても、スマートフォンの存在により感じられる良さが減ってしまいました。

その日常に染まってしまっている自分を思い出させてくれる、そんな小説に出会えた気がします。


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