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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第19話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。空とぶ円盤研究会で、会長の荒本と星野という謎の男と出会う。

→前回の話(第18話)

→第1話

話が一区切りつくと、荒本さんは店の奥にある部屋に案内してくれた。

部屋の真ん中に大きな机があり、書類がつめ込まれた棚が周りをぐるっと囲んでいる。大学の研究室のような雰囲気だった。

わたしのうしろにくっついてる健吉も、興味深そうに周囲を見回している。

荒本さんは、雑誌が積み重ねられた机の上に強引に空間を作り、そこに人数分のお茶を置いた。

わたしはあたりを見回しながら尋ねた。

「どうして本屋で研究会をされているのですか?」

「僕の本職が本屋なのですよ」

荒本さんは名簿を机の上に広げた。

「空とぶ円盤研究会は去年設立したのですが、すでに多くの方々に入会していただきました。

やはり大多数の人たちが科学的に空飛ぶ円盤を解明する必要があると考えているみたいです。

まあ、我々を変人呼ばわりする人間が多いのも事実ですが

つい大きく頷きそうになり、懸命にこらえた。それをごまかすように関心がある素ぶりで言う。

「あのっ、名簿を拝見させていただいてもよろしいですか?」

「もちろんですよ」

荒本さんはにこりと頷いた。

「へえ、ずいぶん入会されているんですね」

想像よりもたくさんの名前が記載されている。ふと、見覚えのある名前を発見した。

石橋慎太郎って……もしかして芥山賞作家の石橋慎太郎ですか?」

荒本さんは得意げに答えた。

「そうですよ。彼もこの研究会に興味を持ってくれたようで、すぐに入会してくれました」

石橋慎太郎の名前は、わたしでも知っていた。

まだ一橋大学の学生だった石橋慎太郎は、都会の若者を大胆な表現で描いた『月光の季節』で芥山賞を受賞。

その作品は映画化され、大ヒットを記録した。さらに、その映画に出演した彼の弟である石橋祐次郎もその存在感を認められ、芸能界にデビューした。石橋慎太郎はわたしの世代のスターだ。

そんな有名人がこんな怪しげな会の会員だなんて_急に興味がわいた。さらに読み進めると、他にも作家や科学者、医師など誰もが一目置く職業のインテリばかりが名を連ねている。

その瞬間、ある名前に目が釘付けになった。

「えっ? 三鳥由起夫も会員なんですか?」

「ええ、三鳥さんはぜひとも空とぶ円盤研究会に入会したいと、手紙までくださりました。ご覧になりますか?」

「ぜひ!」

つい声が大きくなった。そんなわたしを見て、バシャリが不思議そうに訊いた。

「三鳥由起夫という人物はそれほど有名なのですか?」

「当たり前よ。知らない方がどうかしてるわ」

 わたしは、三鳥由起夫の大ファンだ。

『鉄仮面の告白』から『潮騒の声』まで、ほぼすべての作品を読破している。

自分では思いつきもしない言葉の数々に酔いしれているうちに、いつの間にか、はるか遠くまで旅をしているような感覚に陥る。

でもそこは見知らぬ世界ではなく、どこか昔に見たような、何だかとてもなつかしい世界なのだ。

それは他の作家の作品では、味わうことのできないものだった。忙しい日常の合間に三鳥作品を読むことが、わたしのささやかな楽しみなのだ。

荒本さんがいそいそと棚から手紙をとりだした。わたしはかぶりつくように手元を覗き込んだ。

達筆な文字で入会希望の旨が綴られている。そして最後に『文士 三鳥由起夫』と署名されていた。

「本当だわ」思わず声が弾んだ。

「みなさん、この研究会の重要性をよく理解されています」

荒本さんは、うんうんと一人頷いた。

興奮から冷めると、やがて困惑に包まれた。どの会員も優秀な人たちばかりだ。

彼らのような人たちがなぜ、空飛ぶ円盤などという絵空事に夢中になるのだろう? さっぱりわからない。

→第20話に続く

作者から一言
空飛ぶ円盤研究会には、つい先日お亡くなりになられた石原慎太郎や、三島由紀夫も入会していました。幸子は三島由紀のファンでした。
日本を代表する文化人が、UFOに夢中になっていた時代があったんです。それも昭和31年という現代より60年以上前の時代に。
この不思議な現象も、この小説を書いてみたいという動機になりました。

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