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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第47話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。バシャリの能力で、幸子は父親の周一の記憶の中に入る。


→前回の話(第46話)

→第1話

バシャリがほっとした様子で言った。

「気がつきましたか? ずいぶんと深く入りましたね。ちょっと驚きました。やはり親子だと浸透率が違いますね

まだ、頭がぼんやりとする。バシャリがあわてたように言った。

「幸子、深呼吸をしなさい。楽になりますから」

言われたまま、肺いっぱいに空気を入れる。何度か呼吸をくり返し、ようやく意識がしゃんとしてきた。泳ぎ疲れたように体がだるかった。

「……わたし、知らなかった。お父さんがあれほど傷ついていたなんて……」

後悔が、全身を駆けめぐる。お父さんはわたしたちとの再会を心待ちにしていた。

なのに、わたしがそれを粉々に打ちくだいた。そしてそのことに気づきすらしなかった。

バシャリが諭すように言った。

「わかりましたか。たしかに周一は、幸子を避けています。家にも居着かず、陰で何をしているかもわかりません。

幸子からすれば、ろくでもない父親でしょう。二人の距離は、親子とは呼べないほど遠ざかっ

ています。でも、そのきっかけはさっきの記憶のことだったのかもしれません

こくんと頷いた。

「私は、幸子と周一の間に過去、何があったかは知りません。

だからとても無責任な発言をしているかもしれません。

ですが、私には周一がそれほど悪い人間には思えないのです。幸子、わずかでも周一の本音を知る努力をしませんか? 

許す必要はありません。周一の気持ちに触れるだけでもかまいません。どうですか? できますか?」

もう一度、こくんと頷いた。あの体験をした今ならできる気がした。バシャリが補足した。

「そういえば、健吉と周一はフタが開いていると言いましたね」

「ええ」

フタが開いている者同士はお互いの感情が伝わりやすいのです。だから健吉が目を覚ましたとき、瞬時に周一の不安を感じとってしまい、幸子を無視する形になったのです。

別に幸子を嫌っているわけではありません

「そうなの……」

すとんと肩の力がぬけた。

「さてと」と、バシャリが腰をあげた。「では、帰りますか。周一には私が謝ってあげます。私の謝罪能力は相当なものですよ

「うん……」

わたしは弱々しく言った。なんだか子供に戻ったみたいだ。


家に到着しても、戸を開ける勇気が出なかった。どんな顔でお父さんに会えばいいのかわからない。

バシャリが焦れったそうに言った。

「幸子、何をしてるのですか。せっかく私が考案した謝罪の言葉を忘れてしまいますよ

「もうっ……わかったわよ」

意を決して、ゆっくりと戸を開けた。電灯が玄関を照らしている。居間の真ん中で、健吉がすやすやと寝ていた。

その隣にお父さんが横たわっている。背広も脱がず、帽子もかぶったままだ。どうやら疲れ果ててそのまま寝入ってしまったみたいだ。

わたしは起こさないように居間に上がり、二人を見つめる。バシャリが口惜しそうに言った。

「周一、寝てしまいましたか……せっかく上質な謝罪の言葉を考えたのですが……

ふいにお父さんの手のひらが目に留まった。ぼろぼろでしわだらけの手だ。何とも言いがたい想いが、胸の中にこみ上げてきた。

奥の部屋から布団を持ってきた。それを、お父さんにそっとかける。バシャリがあくびをした。

「幸子、そろそろ私たちも寝ませんか?」

「先に寝てていいわよ。わたしもう少し、ここにいるわ」

「そうですか。では、お先に失礼します」と、バシャリは階段を上がっていった。

しばらくの間、わたしは家族二人の寝顔を眺めていた。

8

ガチャンガチャンとポンプを押して井戸水を汲み上げる。近頃、バシャリが暇さえあれば草ぬきをやってくれるので、庭はびっくりするほど綺麗だ。

九月も半ばを過ぎたにもかかわらず、今日はとても暑い。ひたいに汗をかきつつ、ひしゃくで地面に水を撒いていると、

「やあ、幸子おはようございます」

バシャリが縁側から声をかけた。その顔を見てわたしは眉をひそめた。バシャリの目元に目やにがびっしりついていたのだ。

「ほらっ、目やにがついているわよ」

「おお、そうですか」バシャリが腕で顔をぬぐった。

「もうっ、何してるのよ。早く顔を洗ってきなさい」

「顔を洗う? それは何ですか?」

バシャリが首をかしげた。

「あなた、もしかして顔の洗い方も知らないの?」

「ええ、知りません。教えてください」

この人、これまで顔を洗ってなかったのか、と思うと不潔さに怖気がたってきた。

「水を手で受けとめてこう洗うのよ」と、顔を洗うしぐさをしてみせる。

バシャリは、ははっとわらい声をあげた。

「おおっ、なるほど。実に、原始的で愉快な衛生手段です。これが顔を洗うですか」

と、幾度もそのしぐさをくり返している。

第48話に続く

作者から一言
バシャリのおかげで幸子は父親の周一のことを少しは理解できてきたようです。ちなみにバシャリの謝罪能力が高いのは、アナパシタリ星でさんざん親や先生を怒らせてきたからです。

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