見出し画像

note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第48話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。バシャリの能力で、幸子は父親の周一の記憶の中に入る。


→前回の話(第47話)

→第1話

ため息をつくと同時にふと思い出した。わたしは家に上がると台所の棚からティーカップをとりだしてきて、バシャリに手渡した。

「以前、お友達のお土産で頂いたの。舶来ものよ」

途端にバシャリの顔つきが豹変した。「拝見します」と、ゆっくり指で内側をなぞったが、すぐさま落胆したように首をふった。

「ラングシャックではありませんね」

「そうなの」わたしもがっかりした。「ちなみにこれは何の感情を集められるのかしら?」

排便性耐久皮膜容器(トイレイランシャック)。つまり大便を我慢しているときの感情を集めることができます。

これはとても莫大なエネルギーを持っていて、結構重宝するんですよ。地球のオート三輪ならこのカップ一杯で地球を一周できるエネルギーがありますよ」

その説明を聞いて、即刻ティーカップを処分する決意を固めた。

あの日からわたしは、ラングシャックさがしの手伝いをはじめた。これまでは単なる変人の遊びだ、と決めつけていたため、ただ冷ややかに眺めているだけだった。

でも、彼が本当の宇宙人だと判明した今となっては、話は別だ。バシャリがあれほど真剣にさがしているならば、きちんと手伝いたかった。健吉を助けてくれたことに対するわずかばかりのお礼の気持ちだった。

バシャリが洗面所に向かうと、入れ替わるようにお父さんが部屋から出てきた。

反射的に台所に身をかくそうとして、踏みとどまる。柱の陰から顔だけを出して、小さく声をかけた。

「……いってらっしゃい」

「ああ、いってくる」

と、お父さんは短く言って家を出ていった。

挨拶ができた、とわたしは胸をなでおろした。

周一の気持ちに触れなさい……バシャリにそう言われてから、わたしは自分から挨拶することに決めた。

気持ちに触れなさいと突然言われても、何をすればいいかわからず、それぐらいしか思いつかなかった。

でも、挨拶という些細なことをするだけでも、お父さんへのやり場のなかったいらだちは、以前よりもやわらいだ気がする。

バシャリは無我夢中で顔を洗っていた。ふと、その広い背中に目が留まった。わたしは、そっとささやいた。

「……ありがとう」

その瞬間、バシャリが振り向いた。

「幸子、顔を洗うとさっぱりしました。どうしてもっと早く教えてくれなかったのですか。これは画期的な習慣ですよ」

突然、綺麗な顔がぐぐっと近づいてきたのでわたしは狼狽した。

「あれっ? 幸子何か言いましたか?」

「なんでもないわ!」と、とっさに顔をそらした。なぜか頬が熱くなった。

気がつくと、バシャリが帽子かけに見入っていた。わたしも目を配ったけれど、別段おかしな点は見当たらない。

バシャリは疑問を含んだ口調で訊いた。

「それにしても、周一は夜遅くまで一体、何をしてるのでしょうか?」

知らないわ、と口を開く寸前でそれを止めた。バシャリには正直に言おう、と思いなおしたからだ。わたしは吐息とともに打ち明けた。

「……お父さん、博打をして遊び歩いてるのよ」

「えっ? 博打ですか?」

さすがのバシャリも驚きをかくせないようで目を見開いた。だが、すぐに首をかしげて言った。

ですが地球上の博打は、不良やろくでもない連中がやる遊戯でしょう。周一のような人間がやる行為とは思えませんが。それは本当なのですか?」

「本当よ……」

わたしが声を落とすと、バシャリは納得がいかないのかさらに言いつのる。

「幸子は、周一が博打で大はしゃぎする光景を見たのですか?」

わたしは言葉に詰まった。

「それは……見たわけじゃないけど……」

「じゃあ、それはいつ、どこで知った情報なのですか?」

「学生のころ、熊谷のおじさんの会話を立ち聞きしたの……」

バシャリが馬鹿にしたように言った。

「幸子、熊の言うことを信じるのですか? 熊はこの前、『俺は力道山と一緒におでんを食べたんだ。あいつ、大根が苦手みたいでさあ、俺がかわりに食べてやったんだよ』と自慢げに語っていました。

あんな嘘つき、宇宙人の中でもそうはいませんよ

言い返そうとしたが、言葉が出てこなかった。

バシャリの言うとおりだ。たしかに熊谷のおじさんは、近所でも評判のお調子ものだ。

そんな人の言うことを、全部真に受けるほうがどうかしていたのかもしれない。

あのときはお父さんへの不信感から、おじさんの言葉を疑うことすらしなかった。でも、お父さんの感情を知った、今は……

「ねえ、今日の夜、付き合ってくれないかしら?」

わたしは思いきって言った。

「たしかにあなたの言うとおりだわ。実際、自分の目で確認しないとわからないわよね。だからお父さんが一体何をしているか、尾けてみようと思うの」

「えっ、周一を尾行するのですか?」

「……うん、まあそういうことになるかしら……」

あまり褒められたことではないけれど、お父さんが本当は何をしているのか知りたかった。

いや、知らなければならない。だが、バシャリは言いにくそうに、ぼそぼそと口を開いた。

「ですが、今日は星野と一緒にテレビで力道山のプロレスを見よう、と約束してまして……」

「あなた、夜道を女性一人で歩かせる気なの。宇宙人ってそんな薄情なのかしら

「いえ、そんなことは……」

「じゃあ、一緒に来てくれるわね」

「……わかりました。プロレス鑑賞会は延期します……」

バシャリは泣く泣くあきらめてくれた。

第49話に続く

作者から一言
当時の娯楽といえば街頭テレビで見るプロレスですね。もちろんバシャリも大好きです。星野の家には高価なテレビがあるので、バシャリもちょくちょく訪ねているようです。

よろしければサポートお願いします。コーヒー代に使わせていただき、コーヒーを呑みながら記事を書かせてもらいます。