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都会のビジネスマンに郵便配達員の靴が最適だとする理由

 会社を辞めてから滅多に乗ることがなくなったが、電車に乗るとついついビジネスマンたちの靴を観てしまう。歩きにくそうなロングノーズ(たぶん合皮)のヤツ、くたびれて革の銀面(表面)がボロボロのヤツ……。そういう短靴に遭遇するたび、ポストマンシューズを薦めたくなる。


ビジネスマンは肉体労働だ

 今から27年前、僕は大学を卒業して入社した貿易会社を1年で辞めてしまった。ラッシュアワーの通勤から得意先への営業まわり、通常業務が終わった後の倉庫作業、という毎日に疲れた、というヘタレな理由で。


 植木等が唱えたような「気楽さ」はどこにもなく、むしろ肉体労働だった。当時履いていた短靴――すでに何のブランドだったかすら覚えていないので、そう上等なものでもなかった――は、歩き詰めの足に半端ない疲労感を与えた。そもそも高校生の時分からウエスタンブーツやエンジニアブーツばかり履いていたので、どうにも短靴、ドレスシューズに抵抗があった。


 アウトソールが革製で、雨の日は商業施設のフロアでツルツル滑ったし、冬の倉庫作業では寒さが足から這い上がってくるのが分かる。おまけにくるぶしが履き口に当たって常に痛みを伴い、時には靴下のその部分だけが血で真っ赤になることもあった。


ブーツマンが許容する短靴

 早々に銀座のビジネス街から撤収した後、紆余曲折の末にヘリテイジファッションの頂上ブランドに働くことになった。ますます短靴から遠のいてしまった。けれども冠婚葬祭にゴツゴツのワークブーツで、というわけにはいかないから、せめて黒の短靴を1足は持っていなければ、と。ちょうど勤め先が取り扱いを始めたAldenを周りはこぞって買ったが、しかしブーツ馬鹿だった僕は全然食指が伸びない。


 今にして思えば、伝統的な短靴の中にはミリタリーやハンティングなど、僕の好きな世界から派生したものもあるのだが、どうにも当時は直球のラギッドネスアイテムにしか心揺さぶられなかったのだ。そんなブーツ馬鹿の頑固な心の扉を開いたのが、ワークブーツブランドの雄、レッドウィングが手掛けるポストマンだった。



ポストマンシューズとは

 もう何度もポストマンと連呼しているが、要は郵便局員もしくは郵便配達員御用達(だった)の短靴、ということだ。ルックスはオーセンティックな外羽根式の短靴。しかしアッパーの革は防水性に富み、アウトソールには一体型のラバーソールを装備する。そしてポストマンを象徴するSR/USA (Slip Resistant, Made in USA)の織りラベル。なぜこのような仕様なのかは、郵便配達員の仕事っぷりから伺える。

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 アパートや住宅が密集した都市で手早く郵便物を捌くには、徒歩で配達した方が小回りが利く。手紙がぎっしり詰まったメールバッグを担いで街中を歩くのは結構な労働だ。滑りにくく、クッション性が高いことはトッププライオリティ。彼らの職種はハードな肉体労働である。一方、市民の声に応えるサービス業でもある。凛とした制服のドレスコードを鑑みると、やはりドレッシーな短靴であることが好ましかったのだろう。



レッドウィングのポストマンシューズ

 その両者を兼備したのがポストマンオックスフォード、およびポストマンチャッカで、レッドウィングは1954年に製品化する。当初はポリスマン、ポストマンまたステーションオフィサー(駅員)用の靴とされていた。考えてみれば咄嗟に逃げ出した犯罪者を追うためにダッシュする警察官には高いグリップ性が武器となるし、乗客の荷物を運ぶ駅員も足腰の衝撃を和らげるのにラバーソールが理想だったといえるだろう。そして彼らもカッチリしたユニフォーム姿でその職務に就く。

 

 

ドレッシーな顔立ちに隠された機能はアウトソールだけではなく、インソールの内側にも及ぶ。そこには細かく砕き、ペースト状にしたコルクフィラーがタップリと塗り込まれている。それは着用者の足裏の凹凸に応じて沈むため、着用者本人の足裏に合った形状へと慣らされ、自分だけのフィット感を生むのだ。


 現在、郵便配達員の足元は実用性に特化したスニーカータイプに取って代わられ、オックスフォードやチャッカタイプの短靴ポストマンシューズは惜しまれつつ廃止となった。



日本のビジネスシーンにこそポストマンを

 しかし古き良き時代の様式美と機能性を兼備したこの靴が今、ドンピシャとフィットするフィールドがある。それが日本のビジネスシーンだ。


 戸口から戸口への営業行脚、陰鬱な雨の日の通勤、倉庫での力作業、そして時にはダッシュで駆けなければならないことも……。そんなシーンで踏ん張りの利くのがポストマンシューズ。ビジネスマンにとってスーツは戦闘服、というならばポストマンシューズはさしずめコンバットブーツといったところか。

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ジーンズとの相性もヨシ。海外出張の現地での移動は基本、地下鉄と徒歩がメインなのでかなり重宝する(背景がアレだが)。


 27年前、暗澹たる気持ちで通勤していた僕がポストマンシューズの存在を知っていたら、もしかしてその職に踏みとどまることができたのではないか。いやいや、もしそうだったら充実した今の生活は消滅することになるので、考えずにおこう。

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