短篇小説「ルーク先生の言い分」
ルーク先生というのは、私の数学のクラスを受け持つ、ひょろりと細くてまだまだ若い男性のこと。先生はとても端正な顔立ちで、背も高いものだから、女生徒たちの視線を一身に浴びている。いっとき私も彼のことを目で追っていたけれど、最近それが大きな間違いだということに気づいたの。
今日はそのことについて、このノートに書き記しておこうと思う。ただし誰にも気づかれないように、机の引き出しに鍵をかけておくことを忘れないように。これはあとで読み返したときの自分への警告ね。
ルーク先生との出会いは、この学校へ入学してから三ヶ月が経った頃。当時、数学のクラスはルーク先生ではなくて、ええと、そう、キャロルという名前の女の先生だった。キャロル先生はいつも甲高い声でキィキィ喋るものだから、あの授業は受けないことをおすすめするわ。
そんなキャロル先生に渡さなければいけないものがあって、先生を探して校内を歩き回っていたところでたまたま出会ったのがルーク先生。一年目というのもあって、学校の中で迷子になりかけてた私をキャロル先生のもとまで優しく連れて行ってくれたの。そんなことされたら忘れずにはいられないでしょう?だって、乙女はいつだって甘い蜜を探し求めているんだから。
無事にキャロル先生に届け物を渡せた私は、いつかルーク先生のクラスの生徒になりたいと願い続けていたの。その声が天に届いたのかしら、次の年から私の数学のクラスは、キャロル先生からルーク先生へ変わったの。私はクラスの女の子たちと喜びを分かち合った。これは皆が望んでいたことだったから。キャロル先生にはちょっとばかり申し訳ないのだけどね。
ルーク先生は、ただ紳士的なだけでなく、授業もとてもわかりやすいものだった。私の数学の点数が二十点もあがったくらい!ここで、これまでの成績を尋ねない、というのは常識よ。そっと聞き流してちょうだい。クラスの中でもルーク先生の授業の評判は高かったから、皆同じくらい点数をあげていたのかもしれないわね。
ところが、そんなルーク先生に異変が起きたの。いえ、正確にはルーク先生は何も変わっていなかったのかもしれない。私がその美しさに目をくらませていただけね。
あるときルーク先生は、「孤独を楽しめる人こそ、本物の大人である」という話をはじめた。数学の授業中にいきなりこんな話をするのだから、クラス中がざわめいた。この話には続きがあって、ルーク先生の趣味とかそんな話もしていたのだけど、結論、「一人で生きていけるだけの力を身に着けなさい」という話だったの。私は唖然としてしまったわ、だって、それを女生徒たちの前で話したのだもの。私たちは、それはそれは素晴らしい男性を見つけて結婚なさい、と言われ続けている。それに不思議に思ったことも、反感を覚えたこともないわ。私にはそれが当然あるべき姿だと思っていたから!
授業が終わって廊下を歩いていると、向かいからキャロル先生がやってきた。そしてこう言うの、「残念だったわね」って。私がなんのことだかわからないという顔をしていると、今度は笑いながらこう言ったわ。
「さっきのルーク先生のお話、あなたに言ってるのよ。僕は既婚者だから他の人を当たってくれってね」
勝ち誇った笑みを浮かべるキャロル先生の左手の薬指には、キラリと光る指輪が飾られていた。
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