‘すぺしゃる’の向こう側 (9)
愛を探しに出た ぼくとりゅう。旅の向こうに もっと大切なものが あった。本当の幸せを手に入れる方法を 見つけた ぼくの冒険物語。
9)ぼく、できないよ
サーカスに来て、1か月が経った。ぼくは、すっかり、サーカスの仕事に、慣れた。楽しかった。ある日、サーカスの団長さんが、練習中に、ぼくを呼んだ。
「新しいこと、やってみないか?」
団長さんが、ぼくに聞いた。
「何をするの?」
「大きな玉に乗って、歩くんだ。ダンスのショーの時に、玉に乗っている人がいるだろう。あれだ。」
ぼくは、ダンスだけで、十分、楽しかったから、ちょっと、困った。団長さんは、続けて言った。
「きみと、きみのりゅうが、1つずつ、大きな玉に乗って、右に、左に、歩けたら、すごくないか。今より、もっと、きらきらして、いっぱい、拍手がもらえるぞ。」
ぼくは、きらきらということばに、ちょっとわくわくした。だって、ぼくは、たくさん、キラキラを集めたいから。でも、ぼくは、りゅうは、そんなの、やりたいのかなと思ったから、とりあえず
「りゅうに、きいてみます。」
と言った。
りゅうに、身振り手振りで、
「大きな玉に乗りたい?ショーに出たい?」
と、聞いてみた。すると、りゅうは、少し、考えていた。そこで、すかさず、団長さんは、りゅうに、
「朝ご飯に、干し草に、りゃんご(りんごに似た果物)3つで、どうだ?」
と、りゃんごを見て、ゆびを三本たてて、りゅうを誘惑した。りゅうは、きらきらした目で、
「うんうん」
とうなづいた。まったく、りゅうは、げんきんだ…。
大きな玉の玉のりの練習が、始まった。りゅうは、思ったより、早く玉に乗れた。というか、りゅうは、羽で飛んで、足で玉を蹴っているだけだ。ずるい。でも、りゅうは、余裕で玉をころがして、ときどき、小さく火もはくので、団長さんは、上機嫌だ。
問題は、ぼくだった。大玉乗りは、思いのほか、バランスがむずかしい。何度も、バランスを崩して、落っこちた。落ちるたびに、床で、顔や、頭や、いろんなところを打つので、すごく痛い。何度も、何度も、やるのだが、ぜんぜん、できない。ぼくは、悲しくて、しまいに、泣き出してしまった。
「ぼく、できないよ。」
一緒に練習をしてくれるおじさんは、はげましてくれる。
「大丈夫。絶対できるから。できたら楽しいから。」
絶対できるって、できてないじゃん。できないじゃん。
「足をここに置いて、ふんばって、手でバランスをとって。ほら、できるから。」
やったけど、できないじゃん。落ちたじゃん。またやっても、できないよ。次も、できなかったら、やだもん。悲しいもん。ぼくは、おじさんに気持ちをうまく伝えられなくて、
「ぼく、やだ。やりたくない。できない。」
と泣くばっかりだった。りゅうは、「なんで?」といわんばかりに、きょとんとして、首をかしげていたのが、余計に、はらがたつ。ぼくは、その日、泣きすぎて、ダンスのショーにも出なかった。夜、りゅうのほうを見ないで、小さくまるくなって寝た。りゅうは、
「きゅるきゅる」
と小さく鳴いてから、寝たみたいだった。
次の日、大玉乗りの練習のとき、ぼくは、また、
「できない。やりたくない。」
と泣きさけんでいた。玉乗りのおじさんは、
「大丈夫。ぜったいできるから。」
となだめてくれていたが、ぼくは、がんとして、練習をせず、おじさんは、困っていた。そこに、フォンダがやってきた。フォンダは、じっと、ぼくたちの話を聞いていて、ぼくに、静かに、言った。
「そうだよなあ。難しいよなあ。できないよなあ。落ちたら、痛いよなあ。初めてだと、すぐには、乗れないよ。乗れなくて普通。」
ぼくは、びっくりした。
「え、やっぱり、これって、乗れないの?」
と思った。それと、同時に、ほっとした。乗れなくても、普通なんだ。おじさんが、軽々と乗っているから、簡単に乗れなくちゃいけないと思っていた。りゅうだって、すぐ、乗れたし。(あれは、ずるだけど)
フォンダは、続けて言った。
「おれも、小さいとき、大玉乗りの練習、いやだったなあ。全然、乗れなくて、落っこちて。背中を打ったり、顔を打ったり。あれ、痛いのなあ…。」
え? フォンダでも、乗れなかったの?フォンダも、痛かったの? ぼくは、ほんとうに、びっくりした。「それで、フォンダは、どうしたの?乗れるようになったの?」
ぼくは、小さい声で、訊いてみた。フォンダは、にっこりわらって、言った。
「乗れるようになったよ。すごく練習した後に。玉に乗るとさ、すごく高いところから、おれを見ている人たちが見えるわけ。いつもとちがう見え方が面白くてさ。」
「でも、どうやったら、乗れるようになるの?」
「コツがあるんだよ。目をとじて、3回、深く息をして、おれはできる!って強く思うんだよ。それで、落ち着いて、静かに、集中して、玉に乗るわけ。怖いって思ったら、落ちる。余計なことを、いっさい、考えないで、頭をからっぽにして、今ここにだけ、集中するわけ。そしたら、体が、勝手にバランスを取ってくれるんだよ。これは、ぶらんこも、いっしょ。基本は、今、ここ だな。」
よくはわからなかったけど、ぼくも、試してみたいと思った。フォンダが聞いた。
「やってみるか。」
「うん。」
ぼくは、目をとじて、3回、深く息をすって、はいて、何も考えずに、フォンダの手をにぎって、玉に乗ってみた。すごく不思議なんだけれど、玉の上は、とても静かで、すべてが止まったように感じた。頭の中はからっぽだった。足も、腕も、それぞれが、どうしたらいいか知っているように、ばらばらに、でも、なかよく動いて、バランスをとっていた。フォンダが、ぼくの手を放していた。しばらく、ぼくは、宙に浮いていたような感じがした。静かだった。そして、一瞬、りゅうが、羽をぱたぱたしたのに、気を取られたときに、ごつん、床で、頭を打った。痛かったけど、うれしかった。
「ぼく、もうできると思う。」
「そうだな。」
と、フォンダも、言った。おじさんは、すごくほっとした顔で、にっこりしていた。りゅうは、やっぱり、首をかしげていた。
つづく…
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