‘すぺしゃる’の向こう側 (14) 大人になったら、また、おいで
愛を探しに出た ぼくとりゅう。旅の向こうに もっと大切なものが あった。本当の幸せを手に入れる方法を 見つけた ぼくの冒険物語。
14)大人になったら、また、おいで
ぼくは、おじさんのところで、実験を、たくさん、たくさん、した。見た。おじさんは、とても親切で、ぼくに、どうして実験をするとすごいことが起こるのか、ていねいに、優しく、教えてくれた。ぼくは、たくさんのことを、学んだ。もう、おじさんが言わなくても、町の学校でする実験だったら、ぼく一人で、用意ができるようにもなった。
でも、3か月もすると、子どものぼくが使える物でできる実験は、ほとんど、やってしまった。そのころから、おじさんがする新しい実験は、子どものぼくには危なくて、実験を手伝うより、見ていることが増えた。おじさんの説明も、ていねいに、しんぼう強く、優しく、何度も説明してくれるんだけど、わからないことが増えてきた。あいかわらず、町の学校では、ぼくは、ちゃんと実験のお手伝いができたし、子供たちは、きらきらした目で、実験とぼくを見てくれていたのは、うれしかった。でも、とうとう、ある日、ぼくは、おじさんと、新しい実験をしている時に、泣き出してしまった。
おじさんは、はじめは驚いたけれど、静かに、ぼくの話を聞いてくれた。はじめは、悲しすぎて、うまく言葉にできなかったけれど、おじさんの、しんぼう強い、優しくて、賢い質問に答えていくうちに、自分が、新しい実験をするときに、見ているしかできないこと、わからないことが多くなって、なさけなくて、つらくて、心がはりさけそうだと思っていることが、わかった。
「ぼくは、できない。わからない。」
その言葉が、ぼくの心を、ナイフでぐさりとえぐられたように、痛くした。おじさんは、ぼくの悲しさを受け取って、
「かわいそうに。かわいそうに。つらかったんですねえ。気が付いてあげられなくて、申し訳なかったですねえ。」
と、一緒に、おいおい、泣いてくれた。ぼくは、それが、温かくて、うれしくて、でも、やっぱり、自分がくやしくて、かなしくて、いろいろな気持ちが、からだをぐるぐるとめぐって、わけがわからなくなって、おじさんにつかまって、大きな声で、おいおい、泣いた。いっぱい、泣いた。おじさんも、泣いた。長く、泣いた。二人で、泣いた。りゅうは、となりで、悲しいような、困ったような顔で、ぼくたちを見つめていた、と思う。
ひとしきり泣いたあと、おじさんが、ぼくを見つめて、静かに、微笑んで、言った。
「大人になって、まだ、実験が好きだったら、また、来なさい。」
「え?ぼくは、ここにいちゃいけないの?実験ができないから、じゃまなの?」
おじさんは、続けて言った。
「そうじゃない。今、君が感じているのは、今、できないということだけ。今だけを切り取って、できなくて、悲しくなっている。でも、未来は、どうか、わからない。君は、まだ、子どもだから、ぼくのところで使える薬品は、限られる。だから、できる実験も限られる。子どもだから、実験の理解も、限られる。でも、きみが、大人になったら、どうだ。使える薬品は増える。できる実験も増える。理解も、もっとできる。ぼくが、きみぐらいの年の時、今と同じだけ、実験ができていたと思うかい。」
おじさんは、じっと、ぼくの顔を見つめた。ぼくは、なにも、言えなかった。泣きすぎて、頭がからっぽになって、言葉が出てこなかった。おじさんは、続けた。
「そんなはずはない。むしろ、ぼくと一緒にたくさんの実験をした、今の君のほうが、子どもの頃のぼくよりも、ずっと、実験のことが、わかっているよ。他の人と比べちゃいけない。他の人の’今‘と、君の’今‘を比べても、何にもならない。他の人は、君とは違う人生を、生まれてから違う長さの分だけ、過ごしているんだから。比べても、意味はないんだよ。それより、’今‘の自分と、’未来‘の自分を比べて、想像して、わくわくしたらいい。’未来′の自分は、’今‘の自分より、もっとたくさんの経験と知識を学んで、’今‘の自分より、もっと、できることが増えている。だから、今難しいことが、未来では、簡単にできるってことは、思っているより、多い。大事なのは、’今‘の自分が、今できないと、自信をなくさないこと。なぜなら、’未来’の自分は、’今‘の自分の延長だから。’今‘の自分が、自信がなくて、何もしなかったら、泣いていたら、’未来’の自分は、泣いている自分の積み重ねになってしまうよ。わかるかな。」
ぼくは、たくさん泣いた後で、頭がぐるぐるして、よく考えられなかった。でも、’未来‘のぼくは、’今‘のぼくより、できる人だということは、わかった。それと、’今‘くよくよしたら、’未来‘もだめだということも。ぼくが、口を閉じて、考え込んだ顔をしていると、おじさんは、
「ちょっと、難しかったかな。ごめん、ごめん。でも、今から、どこか、他のところに行って、もっと、いろいろなことをして、大人になって、やっぱり、実験が好きだな、もっと、勉強したいなと思ったら、いつでも、帰っておいで。待っているから。」
そう、優しく言ってくれた。学校の子供たちのきらきらも捨てがたいけれど、ぼくは、’今‘のじぶんが、もっときらきらした目になれる次の世界へ、勇気を出して、進んでいこうと思った。
その夜、りゅうと一緒に、ベッドに寝転がりながら、ふと、思った。おじさん、今日は、丁寧語じゃなかったな。なんか、思い出したら、お父さんと話しているような、すごく近い、温かい気持ちになった。おじさんが、実験以外のことで、思っていることを話してくれたのも初めてだなと、気が付いた。やっぱり、ぼく、おじさんが好きだ。そう思いながら、ぼくは、いつのまにか、眠ってしまった。
次の朝、りゅうとぼくは、高い塔のまどから遠くに見える海のほうへ、飛んで行った。おじさんは、
「また、おいで!」
と、まどから、手をふってくれた。
つづく…
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