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『OFF / SHOT』 1/6 《短編小説》

【文字数:約4,400文字】
お題 : #創作大賞2023  、 #イラストストーリー部門

※1 本作は宇佐崎しろ先生のイラストをもとにした物語です。

※2 イラスト使用の可否について明言されていないため、ヘッダー画像および記事内には使用しておりません。



・あらすじ

 教卓を挟んで向かい合う2人のうち、1人は子役から様々な映画などで活躍してきた翠那、もう1人は今回が始めての主演となる新人、モニカ・蒼瑠だった。

 主演を逃した翠那は始め、モニカを良く思っていなかった。しかし自分がきっかけで役者を目指しファンを公言する彼女に対して、特別な感情を抱いていることに気づく。

 配信作品『マーダー・バレット』の撮影も終盤になり、重要な場面においてモニカはリテイクを出すものの、どうにか切り抜けて公開にこぎつける。

 2人の役者は今後も互いを高め合うと思われたが、皮肉にも同作で登場するような人間の持つ銃が、2人の夢を阻むことになるのだった。

281 / 300 words


・本編


 「カット! いったん止めます!」

 撮影の統括チーフによる号令で、その場にいた全員が台本から距離を取り、役者の1人は糸の束縛から脱したように現実へと戻ってきた。

「すいません!」
「いいよいいよ!」

 主演のモニカ・蒼瑠そうるが頭を下げて謝罪するのに対して、若い監督は「気にしないで!」と励ました。

「蒼瑠さんは悪くなくて、このスタジオにした僕らの責任だから!」

 朗らかに非を認めた監督の背後へと、揃えたように黒いTシャツを着た人々が集まってくる。さながら時代劇の黒子役に思えるけれど、彼らがカメラの前に現れることはない。

「監督、やっぱり撮影を教室の後ろにしませんか?」
「そうしたいのはやまやまだけど、向かい合ってる翠那さんが目立たなくなっちゃうな」
「教卓が前にないと学級崩壊してそうですし、生徒用の机じゃ高さが足りないですからね」

 監督と映像班が解決策を探り始めたのを横目に、半袖セーラー服の翠那すいなはペットボトルから水を飲む。撮影前にスポンサーの提供でダンボール5箱が届き、ほぼ飲み放題になっていた。

「……あの、翠那さんも……ごめんなさい」

 謝るモニカは青いブラウスの上に着崩した白衣、黒い膝上スカートにタイツという服装で、演出のために一部が傷んで赤黒く汚れている。

 顔のメイクが違えばヴィジュアル系のバンドメンバーに見えなくもない共演者へと、翠那は笑みを向けた。

「しょーがないですよ。あたしだって利き手と反対ので演じるなんて、かなり無茶ぶりだと思いますし」
「でも銃の引き金に指かけたまま弾込めなんて、絶対に危ないですよね!?」
「そもそも弾を込めるはずのシリンダーが出てないから、わりと謎な感じでしたよ」
「そそ、そうでした!? ホントにすいません!」

 指摘されるまで気づいていなかったらしく、モニカは瞳と同じ金色の髪をつかんで涙目になってしまう。

「まぁでも、さっきみたいなのをNGシーンとして追加すれば、けっこう再生数が稼げると思います」
「あ、そっか! さすが翠那さん!」
「いえいえ、これでもあたしこの業界に長くいますから」
「子役のときからですものね。『愛の富士着水』の家族で逃げるシーン、すごい良かったです」
「あー、あのときは大変でしたよ」

 翠那はペットボトルに残った水を揺らしながら、赤い光で照らされた天井に視線を向ける。

「泳ぐの苦手だったから半分くらいホントに泣いてて、絶対リテイクさせないぞって必死でしたからね」
「そうだったんですか!? てっきり演技だとばっかり……」
「脚本だと浅瀬で撮る予定だったのが、ロケハンで目星つけてた場所が当日に使えなくなって、探し回った結果があれってわけです」

「はぁぁ……そんな真相があったなんて驚きです」
「役者の苦労はともかく良い映像になってましたからね。あとこれ、別にオフレコってわけじゃないので」
「そんなそんな、貴重なお話ありがとうございます!」

 すっかり元気を取り戻したモニカに「どういたしまして」と返し、まだ議論を続けている監督たちを見て、

「まだかかりそうですし、ちょっと外に出てますね」
「わかりました! いってらっしゃい!」

 新人らしい活気ある声に送り出され、翠那は撮影用の教室を後にした。 

 ◇

  廊下を歩いていると後ろから足音が追ってきて、親の次に付き合いの長いマネージャーが隣に並ぶ。

「翠那、やっぱり主演じゃないの気にしてる?」
「してません」
「わかりやすいなぁ……」
「そっちこそ子供の退園時間が気になってる」

 切り返したところで「もちろん」と応じられるのが常だ。この業界だって働き方改革が待ったなしで進み、そのぶん撮影のスケジュールに余裕はない。

 翠那は他のスタッフが周囲にいないことを確認し、声を抑えて問いかける。

「親のコネだとか言われてるみたいだけど?」

 たまたま目に入ってきた自由な意見は、当事者でない第三者の視点からでも悪辣としか言いようがなく、意味は薄いと分かりながらも通報したほどだ。

 精神的なサンドバッグ役をしてくれているマネージャーは、「気にしないのが一番だよ」と笑い飛ばす。

「興味を持つきっかけではあっても、本人の努力なしで今ここにいるはずないのにね。だいたい、子供は親を選べないっての」
「……娘さんと何かあった?」
「いーえ、ぜんっぜん!」

 自分へのブーメランだったのか、マネージャーは「とにかく」と話を戻す。

「モニカ・蒼瑠の目を引く長い背丈に金髪が合わせれば、たいがいの人は興味を持つに決まってるもの」
「良くも悪くもね」
「あの感じだと事務所がSNSを管理してるのは正解かな。良い意味で表裏がなさそうだし」

 そう言ってマネージャーは、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出す。

「小さい頃に両親の都合で移住した後、中学生のとき役者に興味を持つ、と」

 生い立ちから読み上げて端役の出演作に続き、今回の主演作品に辿り着く。

「原作のスピンオフだから前評判は可もなく不可もなくで、それは本人もわかってるだろうけどね」
「役者の演じられる部分が多いから、ある程度の自信があるってことだ」

 話しているうちに廊下は終わり、白塗りの扉から外に出れば虚構からさらに遠ざかる。

「とりあえずモニカ・蒼瑠のことは任せて」
「大先輩の共演者だもんね」

 茶化しながら扉を開けたマネージャーが両目を細めて呻く。

「暗いところにいたから眩しい」
「自然光だと切迫した感じが出ないし、しょうがないよ」

 翠那が後に続き、掌を日傘のようにしながら太陽の下を歩く。

 少子化によって学区の再編が進んでからというもの、廃校まではいかずとも生徒のいない空き学校が増え、それにより様々な活用法が試されている。

 撮影用のスタジオもその1つで大きな改修をしなくて済むし、むしろ原形のままであるほうが歓迎される。

 ステレンスの柵に近づいて中庭を見下ろすと、作品の始めに使われる場面の撮影が行われていた。

 すべて順番通りに撮るわけでないのは、今回の『マーダー・バレット』においても同じなのだけど、たまに時空が歪んでいるのではと錯覚する。

 隣にやってきたマネージャーも中庭を見て苦笑いを浮かべた。

「いくら予算が渋いからって、今日で片をつけようってのは無茶ぶりだよね」
「配信向けだから仕方ないでしょ」

 与えられた条件で最大限の結果を出すのが役者の仕事であり、それは何も自分1人だけが努力すればいいわけではない。

 翠那の中にある感情はともかく、今やるべきことは理解しているつもりだった。 

 ◇

  撮影再開をスタッフに告げられ、翠那は元いた薄暗い教室へと戻ってきた。

 窓から差しこむ日光は暗幕で遮られ、警察車両の赤色灯と似た光が明滅している。反対に廊下の側から白い照明を当てることにより、役者の持つ陰影を強調する。

「じゃあ蒼瑠さん、もう一度リハでやってみましょうか」
「は、はい!」

 カメラなしで演じられないようでは、本番も上手くいきっこない。まずは演じることに集中してもらい、やがては共演者を人形と同じにすればいい。

 始めとあまり変わらない動きを眺めていると、

「すいません翠那さん、ちょっとだけ髪とか直しましょう」

 そう声をかけられて撮影用の隣にある教室に移動した。小道具や機材などが雑多に並んだ中を進み、備品のパーテーションで区切られたスペースに入り、可動式になっている三面鏡の前に座る。

「いつもありがとうございます」
「翠ちゃんは今日もカワイイですよ」
「今回は闇キャラですけどね」

 わずかに目元を明るめに、他はキャラクターに合わせた黒ベースの仕上がりなので、カワイイというよりコワイとするのが正しい。

 べったりなマネージャーほどではないけれど、けっこうな頻度で一緒になるのは偶然でなく、やっぱり付き合いの長い人のほうが安心できる。

「景気はどうですか?」
「差し入れにケーキは重くない?」
「たしかに今の時期だと悪くなっちゃうかもしれませんね」
「まぁそこそこ、かな」

 髪は暗くても一部が明るく見えるよう、光沢のバランスを考えながら整えてくれる。続く顔は喋っていると大変なことになってしまうため、口を閉じてマネキンになりきる。

 人が自分を見るには鏡を使う必要があるし、より完璧なものを目指すなら誰かの手を借りなければならない。だから今のような時間は見た目だけでなく、心構えのようなものを授けられているのだと思う。

「……これでよし」

 立体的なキャンバスは相手を威圧するようなアイラインを取り戻し、撮影用の教室に戻るとモニカ単独のリハーサルも終わったらしい。

「左から撮る構図で右に銃を持つと目立ちませんし、構成そのものは変えてません。なので」

 そうして監督が見覚えのあるリボルバー式拳銃を取り出し、翠那に手渡した。

「……これ、おもちゃのですか?」

 暗いので目立たないけれど、よく見ると始めに用意されたものより作りが粗く、心なしか全体のサイズも小さい。

「本物志向で私物のモデルガンを持ってきたんですけど、蒼瑠さんの手には大きくて重いみたいですし」
「最後の場面で私も使いますよね。両方これでいくんですか?」

 台本を頭の中で映像にしてみると、どこかの文化祭における演目に思えてくる。

「元から飛んでいく弾丸はCGですし、それが銃にも適用されるということで……」

 たしかにすべてを本物にすることなど不可能で、銃そのものが規制されているのだからリアルな撃ち合いをできるはずがない。

「……わかりました」

 駄々をこねても撮影は進めないといけなくて、扱えない小道具では及第点にも達しない。

 主演のモニカといえば元の銃を右手に、新しいものを左にして持ち上げたり構えてみたり、自分なりに穴を埋めようとしているらしい。

 向けられている視線に気づいたのか「よろしくお願いします」と頷く。わずかに金色の髪が揺れると、暗がりに隠れていた明るさを吸い込んで、それ自体が光っているように見えた。


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