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キミの寝顔を見て、泣きたくない。

手渡されたのは、ぱんぱんにふくらんだ封筒だった。渋々アイロンを置く。

「ねえ、なんでままはおへんじくれないの?」

五歳の息子が口をとがらせる。

どきりとした。夏休みは毎日いっぱいいっぱい。子どもとゆっくりすることができていない。──それはわかっていた。


その日の”おてがみ”は力作だった。

八歳長女の封筒には、猫の形の折り紙と、手作りの便箋にメッセージ。息子の封筒には、二十機もの紙ヒコーキがびっしり。


「めっちゃじかんかかったんだからね!」

息子は誇らしげに笑う。
お昼をたべたら、”おへんじ”書こう。口元が綻ぶ。


──でも、書かなかった。

洗濯を干している間に、一階から二階まで、家じゅうのすべてが、驚くほど散らかっていたからだ。

「片づけて」という言葉を何度も聞き流す子どもたちに爆発。喧嘩を仲裁。

ふざけて怪我をしそうになっているのを止める。

目を三角に吊り上げ、床に落ちているものを拾う。前に踏んですべり頭を打ったから。

疲れて猫に触っているうちに、気絶するように眠っていた。

目が覚めたのは、でんぐり返しした息子の足が顔にあたったからだ。また怒る。

夕飯はバタバタ。部屋も元通り。洗いものは夜中にしよう、と放置。また物を拾う。

気づくと二十一時を過ぎていた。


「ねるまでは、ちかくにいてよ」

甘えた声が聞こえた。

二部屋のちょうど真ん中に、座椅子を置いて座る。そうしないと喧嘩になるからだ。

息子は、四歳のころから自室で眠ることが増えていた。小学生の姉のまねをしているのだ。

子どもたちはまだ騒いでいる。
わたしはため息をついて、スマホに表示したWeb小説に目を落とした。また洗濯を干さなくちゃいけないのに。宿題の丸つけに、洗いものに……。

いつの間にか、静かになっていた。

寝息が聞こえて立ち上がる。体が重い。

娘のめくれた裾を直す。ぷくぷくしていたのに、いつの間にか足がすらりと伸びた。

息子に布団をかける。長いまつ毛が、寝息に合わせてふるふる動く。



電気を消した。

子どもたちの手紙には、いつも、”まま、だいすき”の文字が惜しげもなくあふれている。

「ママは、ママがきらい」

目の前が滲んだ。こぼれ落ちたのを拭う。

わたしに今できるのは、目の前にあることだけ。

今夜は”おへんじ”を書く。
ちょっと凝った折り紙を入れて。照れくさいけれど”だいすき”と添えて。

もうキミたちの寝顔を見て、泣きたくない。
たぶんむりだけど、でも、できることをがんばっていく。

最後までお読みいただき、ありがとうございます♡