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ホイクソの長女

「ネーミングセンス」なるものが一体どこから生まれてくるのかは知らないけど、我が兄弟の長女にはなるほど、つい真似したくなる言葉選びの良さがある。

皮肉100%

困った。
そのとき確かに、私は姉の話に置いてけぼりをくらっていた。

「今日ホイクソがさ、危ないからって理由で工作のハサミを完全許可制にしちゃって、」
「誰なの『ホイクソ』って。」
「ホイクソはホイクソだよ。でさ、普通に考えて利用頻度高いのに毎回毎回許可取りに行くの面倒臭いじゃん。使う子もだんだん減ってくるわけじゃん、」
「それともモノ?鼻クソとかと同列?」
「うん。で、だからさ、実際に何か事件が起きたわけじゃないのにさ、」

私が「ホイクソ」という単語自体にハテナが浮かんでいることを、姉はちっとも気に留めてくれない。

隣にいた姉の配偶者をチラッと見ると、さすが連れ合いというべきか。すかさず察知して教えてくれる。

「ああ、『保育所』のことだよ。」


おい、どの辺が鼻クソと同列だ。



てっぺん

「子供3人いれば社会ができる」とはよく聞くけど、よりカオスな7人兄弟社会の頂点で自由気ままに生きる女、それがこの長女である。

彼女は保育士をしていて、勤め先は公立の保育所。どうやら当時の、職場のお役所体質(というか融通効かないところ)に対して、「愛と敬意を込めて」、ホイクソと呼ぶようになったらしい。
普通に皮肉100%だと思う。

若干フォローしておくと、ホイクソ呼ばわりし始めたのは大体15年くらい前だし、今の職場の状況も姉の立場も考え方も知らない。

でもなんとなく使いやすくて、どこか可愛らしさも感じるもんだから、気付いたら私まで保育所のことを「ホイクソ」と言うようになってしまった。
次第に、うちの家族にはみんなそれで通じるようにもなった。




それは絶対忘れちゃいけないやつ

また別の日、緊急事態宣言が明けて、久しぶりに兄弟で実家に来たときのこと。姉が私の顔を見て、思い出したように言う。

「あ、しまった。私、倫理観をどこかに置いてきちゃった。」
「へ?倫理観?」

いきなり何を言い出すんだ。哲学?哲学なのか?「倫理観を置いてきた私はもう飲むしかない」とかそういう話?「今日は食事の準備手伝わないぞ」っていう意思表示?

ハテナが浮かぶ私に構わず、続けて姉は言う。
「スーパーで買い物してたときはちゃんと付けてたはずなのに。車に置いてきたかな。」
ここまで聞いて「ああ、あれか」と思って、隣にいた姉の配偶者の顔を見た。

「うん、『マスク』のことだね。」

今日も今日とていい感じですね。


「言わんとしていることは分かるけどさ。」
「倫理観そのものでしょ。家の中じゃ付けないことの方が多いし、それに一連の出来事に対しての捉え方とか姿勢自体、人それぞれだし。」

上手いんだかうまくないんだか。
でも結局、まんまと「倫理観」は家族内で定着したし、私は余所よそでもその言葉を使うようになってしまった。



センスってなんだろう

この姉が名付けて、そのまま家族内で定着したモノやコトは結構多い。

今思えば、家族の集まりで、私を含む末の三人を「チーム下っ端」と呼び始めててい良く配膳係に仕立てあげたのも彼女だし、
(自分は上座でひたすらにワインボトルを空け続け、『チーム下っ端は私が面倒を見たんだ、崇め奉れ』と居座る)

当時兄弟たちの中で「厳格で話しかけにくい」という認識のあった祖母のことを唯一「ばーさん」と馴れ馴れしく呼び、その厳格さを逆にネタにして本人をイジり倒して、他の兄弟からもコミニュケーションを取りやすくしてくれたのも彼女だった。(用件人間マサコのこと)


「ちょっと真似して使ってみたくなる」とか「気付いたら定着している」とか「モノゴトをポジティブな方向に引っ張っていく」とか。
多分「センスある」ってこういう状態のことを言うのかもしれない、と思わせてくれるのがこの姉だったりする。



とりあえず、配膳もするし、大量の食器も「チーム下っ端」で洗うし。あなたはずっとワイン飲んでていいから、どっかに落としてきた倫理観だけは早急に拾ってきてほしい。


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