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ボタニカル哲学(63)大巧は拙なるがごとく、大弁は訥なるがごとし

本当の清廉潔白な人には清廉潔白という評判は立たず、評判を立てるような人は、実は欲張りで欲望の心が残っている証拠である。また、本物は本物を証明しようとせず、証明しようとするようでは実はそれがまだ未熟な証拠である。

つまり、秘すれば華、秘さざれば華ならず、ということで、二流の人間は一流に見せたがり、一流の人間は、それを表に出さない。

言い換えれば、活人は謙虚なのだ。

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