(有)小噺ほんぽ

ノンフィクションの遭難モノや怪談などのファンタジーも含めて、トータル的に山岳小説が大好…

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ノンフィクションの遭難モノや怪談などのファンタジーも含めて、トータル的に山岳小説が大好物です。書くのはオチ話が主体。拙稿ですが満員電車や病院の待合とか、ちょっとした隙間時間に手軽に読んでもらいたいと思います。

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    読後の感嘆符を集めております。『くすっ』『ええっ』『なぁるほどぉ……』などなど、ちょっとした隙間時間に感嘆符を出していただけたらと思います。

最近の記事

無名戦士に捧ぐ

 ラートは戦友の手を握りしめた。 「死にたくない」と泣き叫んでいた友の手が、少しずつ解かれていく。  その震える手を握りしめ、何かを繋ぎとめようとするかのように力を入れた。 「大丈夫だ、大丈夫。お前は助かる。な、俺を見ろ、俺を」  言いながら歯を食いしばる。  嘘の大嘘っぱちだ。心の中で叫ぶ。  助かるはずがない。鉄錆に似た血の臭いが鼻孔に溢れている。爆撃を直に受けて腸が飛び出た友の痙攣する体を尻込みしながら空いた手で押さえつける。  友の絶望に満ちた目が語っている。  帰り

    • 絶対に信じない男VS.信じ込ませようとする女

      「圭司」  呼ばれて僕は彼女を振り返る。  褐色の長い髪を髪留めで一纏めにした薄化粧の女は、あの、独特で意味深な笑顔を浮かべている。 「なに?」 「わかっているでしょ?」  褐色の瞳は、なぜか僕に蛇を思い起こさせた。湧き出る唾を飲みこむ。 「なにを?」  怯んでいるのが自分でもわかる。  彼女が僕に一歩詰め寄る。  カールした後れ毛が目に留まる。ついで腕組みした上に豊満な胸を乗っけて威圧してくるさまは、畏れ多さで拝んでしまいそうになる。 「大丈夫だから、信じて」  僕はまたも

      • 最強の剣

         「勇気とは」三人の男を前に赤毛の女が腕組みして語る。「ものおじせずに立ち向かう気力であって、その勇気をもつ者が本物の勇者だ」不遜な物言いで、さらに言葉を継ぐ。「さて、誰が本物の勇者なのかな?」  しばしの沈黙のうち、一番ガタイの良い男が一歩前に出る。 「三人とも勇者だよ。カルシエ」女を一瞥してから仲間を振り返る。「君の声に応えてここにいる。悪魔のデフォルトを退治するために仲間と力を合わせることにしたんだ」  彼の言葉に、あとの二人が頷く。  カルシエは微笑みを浮かべ「フロン

        • うしろのしょうめんだぁ~れ

            ぎゅっし、ぎゅっし、ぎゅうっし……。  男はラッセルを止めた。  サングラスを外して背筋を伸ばす。天空を仰ぎ見る。宇宙色の空が眩しかった。周囲は岩と雪と雪風の銀世界。氷峰の峰々。  そして――、  ぞっとするような静寂。白い空間を破ることができるのは風だけ。  ひゅ~、ひゅる~。ひょ~、ひょろる~。  せせら笑っているのか、咽び泣いているのか。  風は気まぐれ。悪戯好き。無邪気な様を装って、実はとんでもない魔物だったりする。雪原にぽつんと立っている一匹の人間なんて、どうで

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          8本

        記事

          反時計回りの真実

           マーケティングの世界では『反時計回り』の導線というのは常識らしい。  左回りの法則というのは、人間は自然と反時計回りに行動してしまうこと。スーパーなどでも導線作りや商品の配置に活用されている。その理由は色々あって、左側に心臓があるから左回りになるだとか、肝臓が左にあって、もともとの体の重心は左側に寄っているからだとか、効き足が右だから利き足の右で地面を蹴れば、自然と左が軸となり左回りになるのだとか……まあ、所説あるのだが……。 「本当に面倒くさい」  つい、ぼやいてしまう。

          反時計回りの真実

          記者会見

           はあっ……?  会場の誰もが笑っていいのか、怒っていいのか、一瞬迷う。  すると、その中の一人がクスっと失笑する……否や、笑い声が波紋となって会場に広がる。  固まった空気が融解されて、インタビューは何事もなかったかのように続けられる。 「ああ、それであなたは宇宙飛行士を目指されたわけですね」  インタビュアーの斜め正面。中央のひな壇にゲストが座っている。  気品溢れる、美しい女性だ。艶やかな黒髪を背中に流し、人形のような顔立ち。潤んだ大きな瞳をインタビュアーに向けている。

          使者のオーダー

           そのレストランは人里離れた秘境に佇む。店の名前は『レガーメ』。  ここで提供される『星恋リゾット』はガイドブックでも紹介されたことのある名物メニューだ。シェフ紺野の自信と自慢の作であり、素材にも盛り付けにも趣向を凝らした定評のある一品である。  その夜、一人の客がレストランを訪れた。  一見の客である。  黒いコートの表面はしっとりと雨露で濡れている。  握られた蝙蝠傘から雨雫が滴り落ちる。  外は雨。時計は10時を回っていた。  もう客は来ないだろう。そろそろ閉めようか。

          七色クーポン

           ジョンは旅行にうんざりしてきた。これまで七色クーポンを使って色んなところを訪れた。七色クーポンというのは、近所のマーサのパン屋でクジを引き当てたときの景品だった。3年も前のことだ。引き当てた時は大喜びしたものだ。伴侶のハンナを亡くして間がなかったし、なんといっても一生涯使えるクーポンだったかだ。  旅行先はどこでも選択できる。旅費はどこへ行くにも10ポンドしか請求されない。  誰もが夢見るクーポン券だ。けれど、一つだけ条件がある。息を引き取る寸前まで旅行を続けなければならな