記者会見
はあっ……?
会場の誰もが笑っていいのか、怒っていいのか、一瞬迷う。
すると、その中の一人がクスっと失笑する……否や、笑い声が波紋となって会場に広がる。
固まった空気が融解されて、インタビューは何事もなかったかのように続けられる。
「ああ、それであなたは宇宙飛行士を目指されたわけですね」
インタビュアーの斜め正面。中央のひな壇にゲストが座っている。
気品溢れる、美しい女性だ。艶やかな黒髪を背中に流し、人形のような顔立ち。潤んだ大きな瞳をインタビュアーに向けている。
彼女の名前は――、
「かぐやさん」
インタビュアーはゲストに呼び掛けてから気合を入れるかのように姿勢を立て直した。
気を引き締めつつ、顔に笑顔を張り付ける。
「意外な答えでしたね。あなたが宇宙飛行士になろうと思ったのは、月に帰りたいからだと?」言いながら、焦る。冗談だろうとわかっていながら、焦る。相手の視線が真剣だからこそ、焦る。「あの、その……冗談はさておき、私たちは宇宙飛行士になりたかった夢の話を聞きたのです」
ところが案の定、
「本当の話です」かぐやは、きっぱりと言い切る。「私は月の人間です」
会場が一気にざわめく。
インタビュアーは慌てる。こんなの台本にないって。
「あの、その……都市伝説とか、おとぎ話の類はいいですから」
なだめるような口調に逆らって、かぐやがはっきりした口調で反論する。
「都市伝説でもなければ、おとぎ話でもありません」
髪をゆさりと揺らせて視線を会場に向ける。
たくさんのフラッシュが焚かれて稲光のように彼女を照らす。
「私、何千年も待っているんです! 月からの使者を! でも、誰も迎えに来てくれないんです!」
そう言って、おいおいと泣き始める。
どこかの県の山深い谷合いに棚田が広がる。
初夏の陽を浴びて、薄緑の稲葉が風に心地よくそよいでいる。
棚田を見守るようにして一軒の農家がある。
農夫は一仕事終えたばかり。冷蔵庫にしまってあるスイカの一片を手に取りテレビをつけた。宇宙飛行士のインタビュー番組をしている。
アップされた宇宙飛行士は泣いていた。
黒髪の美しい……気品をかなぐり捨て泣いている。
「ああ!」
叫ぶと同時に、手のスイカが落ちる。
「こんなところにいたべ」
農夫はスマホを取り出し、慌てて仲間を呼び出す。
「いたべ、いたべ。月の姫を見つけたべ」
スマホの向こうから安堵した声が聞こえる。
「俺たち、やっと月に帰れるな」
「んだ、皆に集まるように伝えてくれ」そう言って農夫は頭を掻く。「あれま、衣装はどこさしまったかな」
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