言葉を受け継ぐこと。
昨日、新宿に新しくできる映画館「109シネマズプレミアム新宿」について、坂本龍一さんが音響の監修をしたという原稿を書きながら、ニュースで訃報を知りました。「えっ」と言葉が漏れて、しばらく呆然となって──。
坂本龍一さんには、一度だけ取材をしたことがあります。『レヴェナント:蘇えりし者』の取材です。T-SITEでの掲載だったのですが、T-SITEのサイトが終了しているので、当時のインタビューをここに掲載しようと思います。
穏やかで、でも力強くて、坂本龍一さんを通して送り出される言葉のひとつひとつが、何だかとても美しいもの、大切なものに感じた、そんなインタビューだったと記憶しています。ありがとうございました。
坂本龍一さんが好んでいたという言葉「芸術は長く、人生は短し。」素敵な言葉です。人生は短い。だからこそ、迷っていないで一歩踏み出そう。そんなふうに今、力をもらっています。
もう一度、ありがとうございました。
「レヴェナント:蘇えりし者」
インタビュー
坂本龍一 さん
T-SITE
2016年4月掲載
レオナルド・ディカプリオが悲願のアカデミー賞主演男優賞を手にしただけでなく、監督賞、撮影賞にも輝いた『レヴェナント:蘇えりし者』。受賞式でディカプリオは歓びとともに「この映画は人間と自然界の関係について描いた映画です」と語った。愛する息子を殺された男ヒュー・グラスの復讐、彼の壮絶なサバイバルの旅が描かれるが、大自然の存在なくしてこの映画は成立しない。音楽を担当した坂本龍一も「主人公は自然」でもあり「自然の音と音楽の融合」を心がけたと言う。
映画音楽をスタートさせるきっかけとなった『戦場のメリークリスマス』以降は、日本に留まることなく世界で活躍。『ラストエンペラー』や『シェルタリング・スカイ』のベルナルド・ベルトルッチ監督をはじめ、ブライアン・デ・パルマ、ペドロ・アルモドバルなど名だたる監督とタッグを組み、今回の『レヴェナント:蘇えりし者』では、いま最も挑戦に満ちた監督であろうアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥからラブコールを受けとった。そして挑んだ新たな映画音楽とはどんなものだったのか──。
──この映画の撮影はマジックアワーと言われる限られた時間で自然光のみで撮影していることもあり、ヒュー・グラスと共に自然も主人公だと言えます。力強い映像はより力強く、悲しい映像はより悲しく映し出されていますが、作曲するうえで核となったもの大切にしたものは何ですか。
いくつかありますが……「間」ですね。音と音、音楽と音楽の間がとてもあいていますが、それはイニャリトゥ監督が望んだことで。最初に「こんな音楽はどうでしょう?」と作っていくと、監督は「もっと間をあけろ、もっとあけろ。もっと、もっとだ」と言われまして(笑)。その音と音の空いているところに風の音など自然のノイズが入ってくる。風の音もまた音楽なんです。自然音と音楽の融合も(映画音楽の制作における)大きなテーマのひとつでした。何度も綿密に話し合って、お互いの考えをすり合わせながら作っていますが、それでも毎日のようにやりとりがありましたね。
──アコースティック音楽と電子音楽を何層にも重ねた音楽、というのがイニャリトゥ監督の要望だったと聞いています。
イニャリトゥ監督は常に新しいことに挑戦する監督です。決して多作ではないですが、ひとつひとつの映画の作り方、撮影方法、テーマ、音楽……あらゆる面において常に新しいことに挑戦している。ひとつ前の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』と今回の『レヴェナント:蘇えりし者』を比べてもそれは明らかです。撮影についてはエマニュエル・ルベツキという素晴らしい相棒がいて革新し続けている。音楽的にも同じことは繰り返さない。今回に関しては、既成のフォーマットは一切使わないという意識が特に強かったです。
──ディカプリオのセリフがとても少ないのも彼にとっては挑戦のひとつだったと思いますが、その分、彼の演技力と自然の音と音楽とがヒュー・グラスの心情を表現していました。一体感が半端なかったように思えます。
映画を観た友人が「長く作業をしていたわりに使われている音楽は少なかったね。トータルで10分くらいしかなかったんじゃない?」と言っていたと聞いて、僕はにんまりしたわけです。それは映画音楽があたかも自然音のようにその人に届いていたことになりますから。風の音のような、水の音のような、息の音のような……そんな音楽とは思わないような音をたくさん作って、それを意図して音楽として使っています。通常の映画音楽とは随分と違うのかもしれません。違うとはいえ、僕に限らず(映画音楽を作るうえでは)誰もがやっていること──セリフを殺さないようにとか、主張しすぎないバランスを常に意識するとかですね。自然の音もシンフォニーになるんです。たとえば、海や森に一日いても音響的には十分楽しいというか。今回は、過酷な自然の世界を描いているので、2時間36分、寒くて痛い空気感がそこにあることを意識しました。
──たしかに映像だけでなく音楽も凍てついています。具体的にどんな工夫があったのでしょうか。
この映画とは直接関係ないですが、2009年にソロアルバム「アウト・オブ・ノイズ」を作ったとき、北極圏のグリーンランドに行きました。そこで録音した音、採集した音を加工してアルバムを使った。今回の映画音楽を作るにあたって、過去に北極圏に行っていたことがとても参考になりました。空気感や寒さ、色……北極圏はグレーのグラデーションだけで色のない世界なんですが、そういう世界に身を置いた経験をしていてよかったなと。実は「アウト・オブ・ノイズ」のなかでイニャリトゥ監督が特に気に入ったトラックがひとつあって、編集段階ではそれを何度も使っています。最終的には一個所残って使われています。僕は、いち映画鑑賞者としては、音楽が主張していない映画の方が好きで。音楽が独立して存在するような、取って付けたような映画音楽もたしかにありますが、それだけは避けたいと心がけています。まあ、過去にはあまりにも引きすぎた(控えすぎた)こともあれば、逆に最初の頃はぜんぜん控え目じゃなかったですね(笑)。『戦場のメリークリスマス』が僕にとって初めての映画音楽でしたが、今と比べたら映画音楽のことを全然分かっていなかった。でも、それが奇妙なものとして成立するのが映画音楽の面白さかもしれないです。
──主張する音楽から主張せずに作品にとけ込む音楽へ、徐々に変化していったのでしょうか。それとも何か決定的な作品や監督との出会い、きっかけがあったのでしょうか。
そうですね……おそらく『ラストエンペラー』の時も分かってないです。自分の作る映画音楽に変化を感じたきっかけは、ベルトリッチ作品の多くをプロデュースしているイギリスのジェレミー・トーマスの言葉でした。彼は僕の兄貴分。今も親しくさせてもらっていますが、『シェルタリング・スカイ』のときに「スコアリング(Scoring)しているな」と言われたんです。スコアリングとは映画音楽を書くということなんですが、その時は彼がどういう意味で言っているのか分からなくて。徐々にその意味が分かるようになってきた。いまは映画音楽を作ることはとても面白いし楽しい。どういうことかというと、映画の要素が見えるようになったことです。大先輩のエンニオ・モリコーネに聞いたら別のことを言うかもしれないですけどね(笑)。でもある日見えたんです、(映画を観ながら)カメラの動きが。それまでも見えていたんだろうけれど、理解はしていなかった。映画監督をはじめ照明さんもカメラマンさんも役者もみんなそれを理解して各々の仕事をしているわけです。だから音楽を作る人もそれくらいのことは見抜いていなくてはならないんです。
──なるほど。さらに今回はさきほどお話しいただいた「間」のこだわりなど、イニャリトゥ監督の挑戦が加わり、より作品がひとつになったわけですね。だから感動する。この映画は圧倒的な生命力、自然の力、愛と復讐がもたらすものなどたくさんのテーマを内包しています。坂本さんが受け取ったものは何ですか?
足かけ半年関わりながらもう何百回と観ているので、客観的には観られなくなっていますが──最初に観たとき「この映画の主人公は“自然”だ」と思いました。人間ドラマとして復讐の物語が描かれますが、それがテーマかというとそうとは思えなくて……。復讐のヒューマンドラマが自然の手のひらの上の小さな出来事のように映るというか、それだけ自然は巨大で過酷なんです。また、ネイティブアメリカンと白人との対立も出てきますが、それも大きなテーマにはなっていないし、そもそも深く描いていない。おそらくイニャリトゥ監督が描きたかったのは、復讐より対立よりそれ以上に自然は大きな力を持っているということ。エンディングでディカプリオは非常に空虚な目をします。あれこそがテーマなのではないかなと思います。アカデミー賞の彼のスピーチ(気候変動について語り、私たちがどうすべきかを訴え「この地球があることを当たり前だと思わないでほしい」と語った)にもつながっている気がします。
取材・文/新谷里映
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