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本屋さんは本を読まない

 本屋さんで働いていると聞いたらそのひとはきっと本が好きなんだろうと、ほとんどの人が思うかもしれない。たしかにある意味ではその通りだ。本なんて見たくもない大嫌い、という人はそもそも本屋で働こうとは思わないはず。
 だが実のところ、本屋さんは本を読まない。
 そう聞くと、何だかちぐはぐな、狐につままれたような印象を抱くかもしれない。本が好きなのに本を読まないなどいうひねくれた状況がなぜ起こるのか、そのからくりを紐解こうと思う。

 本を読むと聞いたときに思い浮かべる本とは、何だろう。おそらく小説などの文芸書なのではないだろうか。本を読むのが好きなんです、へえ本を読まれるんですね、いいですね、などといった会話がなされた際、彼らの、少なくとも後者の発言をした人の頭の中にあるのは文芸書の可能性が高い。もしここで、本を読むのが好きなんですといった人の頭の中に漫画本が浮かんでいたら、この会話はやや不自然なものになってしまう。

 つまり、本屋さんは本を読まないといったときの本とは、文芸書のことなのである。本屋さんは、思ったほど、文芸書を読まないのだ。

 ときどき、本屋のスタッフに聞けば、求めているものにぴったりと合った本を選んで持ってきてくれる、何だったら素早く数冊ピックアップして、この中からお選びください、なんてコンシェルジュのようなことをしてくれる、と思っている方がいらっしゃる。とんでもございません。本屋のスタッフにそのようなことができる人は、はっきり言ってほとんどいません。
 たとえその売り場の担当でも、中身を全部読んで把握している訳ではないので、多分これだろうくらいの曖昧な自信をもってしか、おすすめなんてできやしないのだ。ましてや担当を持たないスタッフには、おすすめを教えてくださいと言われても、適当な返ししかできなかったりする。ベテランの本屋スタッフは、この「返し」が熟達しているため、より早く、より的確に、おすすめができてしまうというだけなのだ。

「安部公房の本はどこにありますか?」と問われて「どこの工房ですか?」と問い返すスタッフがいるのも、仕方がないと言える。本屋で働くのは、図書館と違って資格が必要ないのだ。 
(わたしは以前、図書館で「ヴァージニア・ウルフについての本を探してるんですが」と相談窓口で尋ねて、「バージ…? 何ですか?」と問い返されて閉口した経験があるから、資格があっても変わらないような気もするけれど)

 ただ、これは本という言葉が持つ大きな魔法というか、本と聞くと人はまず文芸書を思い浮かべるというマジックが起こさせる現象なのであって、本イコール文芸書では、本来ない。
 地図だって料理本だって旅行ガイドだって漫画だって、雑誌だって、全部ぜんぶ本なのだ。旅行を愛し各地の旅行ガイドを収集している人が「本が好きなんです」と言ったって、そこには微塵の嘘もない。

 角度を変えて見てみるとそこから導き出される答えも変わってくるものだが、本という言葉の意味をきちんと捉えると、本屋さんは本をたくさん読む、ということがわかってくる。

 そう、実は本屋さんはたくさん本を読むのだ。
 わたしの周りには漫画本が好きな人が多いし、歴史書が好きな人もいた。アイヌ地方のことを学んでいる人もいるし、推しが表紙の芸能誌は必ず購入する人もいる。
 かくいうわたしも、どちらかといえば文芸書の類を購入する方ではあるが、それが芥川賞をとるような本であることは少ない。参加している同人誌の読書会で必要だから仕方なく買うという事情もある。どちらかといえば海外文学が好きだし、芥川賞よりもブッカー賞を信頼している。エンターテインメント小説は苦手だけど推理小説はどれでも好きだ。特に本格ミステリと呼ばれるジャンルには目がない。

 よかった、本屋さんはちゃんと本を読むし、やっぱり本が好きなのだ。

 どうしてこんな考察をしたのかというと、本屋で働いている利点を活かして読書評を書いてみたい気もするけれど、最新刊で読みたいと思う本はそれほどないし、読みたくない本を推すのは難しい。これって本が好きじゃないということ? と自問したことがきっかけなのだった。
 結論は、いやいやわたしはやっぱり本が好き。

 というわけで、世間から広く愛されているかどうかは疑わしいけれど、わたしが愛してやまない古い本たちを、次回から紹介していかれたらと思っている。

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