見出し画像

ヘルシンキで「生活の練習」をした研究者

興味深い本を読みました。「またフィンランドの教育を礼賛するのかな」そう思って読み始めたのですが、私のそんな予想を見事に裏切った素晴らしい本です。朴沙羅さんの『ヘルシンキ生活の練習』(筑摩書房)です。日本の若き社会学者である朴さんがフィンランドの大学で仕事をするため2人の幼い子どもを連れて赴任し、生活する様子を記したものです。PISAで好成績を収めたフィンランドが一躍脚光を浴び、その教育の素晴らしさを伝える本が数多く出版されていますが、本書は現地の大学で教える著者が日々の生活全般に目を向け、自身の体験を通して感じたことを率直に記したもので、かの地の教育を礼賛するものではありません。

「生活の練習」というタイトルにまず目を引かれました。音楽やスポーツのように「生活」も練習するものと捉える発想が斬新です。著者自身が慣れない土地での生活を練習しながら様々なことを学んでいく様子が描かれ、日常の出来事を通して人々の考え方や感じ方を探り出す筆者の洞察力は鋭いです。

印象に残る記述がたくさんあいます。たとえば、フィンランドでは子どもに何か問題が見られると、その要因を個人の才能や資質に求めるのではなく、スキルや練習量が足りないからだと考えます。だから先生はスキルは評価しますが人格や才能まで評価したりしません。スキルは努力によって伸ばすことができますが、人格や才能はある程度持って生まれたものだからです。

また、困っていることは伝えなければわかってもらえず何もしてもらえないと言います。そしてきちんと伝えて要求すれば解決策を示してもらえると言います。

制度については、善良で優秀な個人が現場で頑張ることによって公的な制度が不備の状態に置かれ、現場の問題が先送りにされてしまうことがあると指摘しています。他にも気候に合わせた服装をすることが学校の「宿題」になるなど目からうろこが落ちる記述がたくさんありました。

関西弁の語り口やユーモアあふれる生き生きとした文章、娘のユキちゃんの素朴な反応なども読んでいて心が和みます。「母ちゃん今めっちゃ腹立ったわ!せやしちょっとトイレ行ってくる!」こう言って自らをクールダウンさせる著者。彼女は子育ての練習もしっかりやっていると感じました。
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?